お題小説

□酷く腐ったゴミ捨て場のようだ
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「この世界は美しい」
「……なんですか、いきなり」
「んー、昔読んだ本に出てきた言葉」

昼下がりの屋上。昼休みが終わる10分前だ。
フェンスに肘をついて焼きそばパンにかじりつきながら空を見上げると、そこには青空があった。

「……どー思う?」

そう言って、横に座って弁当をつつく柳生をチラリと一瞥しさらに焼きそばパンをかじる。彼は訝しげな顔でこちらを見上げると、ゆっくりと口を開いた。

「……この世界は美しい、ですか?」
「んー」
「良い、言葉ですね」
「…………んー」

極々一般的でつまらない感想をありがとう。
そんな意味を込めて相づちを打つと、柳生は少しだけ眉をひそめた。

「何か不満でも?」
「本当にそう思うか?」
「ええ。素晴らしい言葉でしょう」
「……」

白々しい。
さらに焼きそばパンをかじり咀嚼する。柳生も弁当箱から最後の一口を口へと運ぶと、広げていたものたちを片付け始めた。

「仁王君はどうなんですか?」
「この世界は美しい?」
「ええ」

同じ質問を返され少し言葉につまる。どう思うもこう思うも、こんなにも虫唾の走る言葉を目にしたのは生まれて初めてであった。

「くそ」
「…」
「くそ!」
「聞こえてますよ」

反応が無いことから聞こえていないものと判断しもう一度少し大きな声で反復したが聞こえていたらしい。
柳生はその言葉を最後に黙ってしまった。

「…その本はのぅ、ある少年が書いた本なんじゃ」

物語は一人の旅人が事故で命を落とすところから始まる。旅人は魂だけの姿のまま長い時間をかけて世界中を見て回り、肉体があった時には知ることができなかった様々な世界を知る事ができた。そして、やがて満足した旅人は自らの墓前でその魂を消滅させる。

「この世界は美しい、と最後に呟いて」

でも、

「………でも、旅人は本当に、その世界を美しいと思ったんじゃろうか」
「…思ったんじゃないですか?」
「…そうかのぅ」

その本はさし絵のない本だった。だからその旅人の表情だとか旅人が見た風景だとかはこの目には映せていない。
ただなんとなく思い浮かぶのは、自分の墓の前で涙を流す旅人の姿。それから青空。
そしてそんな場面を頭に思い浮かべながら文字を書き綴る、筆者の姿。

「もしくは、筆者の願望の現れだったのか」
「願望?」
「筆者はこの世界が美しくある事を望んでいたのかもしれませんね」

筆者にとってこの世界は醜いものだった。だから空想の中にだけでも、美しい世界を作りたかったのかもしれません。
そう続けた柳生はその言葉をいい終えるや否や、荷物を持って屋上から去ってしまった。

「空想の中にだけでも……のぅ」

持っていた焼きそばパンの最後の一口を口に放り込む。

「んー…」

柳生の言う通りだ。筆者がこの世界が美しくある事を望んでいたと言うなら、きっと彼にとって、この世界は決して美しいものではなかったのだろう。
ただ寂しくて、悲しくて、苦しくて、そして―――

「そして、なんと醜い事か――」

青い空を見上げる傍ら、昼休み終了を告げるチャイムが聞こえた。





酷く腐ったゴミ捨て場のようだ
(男はこの世界を見つめながら)
(きっとそう思っていたのだろう)


2013.2.8
 

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