短編

□I was born this way.
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太陽の光が俺達を照らし始めた頃、俺はそいつ…千石を見つけた。
砂浜で小さく縮こまり時折肩を揺らす姿を見て一目で泣いていると分かった。背後から声をかけると千石は一瞬ビクリと跳ね、怯えるように震え始めた。
今度は膝を抱え込むそいつの隣まで行き、再び声をかけた。

「千石」
「…っ……亜…久津…?」

俺の足元からゆっくりとジャージをたどり、やがて千石と俺の視線がぶつかった。
見下ろしたのはもう見る事はないと思っていた顔。

「亜久津…っ」
「お前……何泣いてやがんだ」

その顔は涙と鼻水でぐずぐずになっていて、けれどもそれを除けば2日前と何ら変わりないものだった。

「こんな所で何してる。フン、死ぬ気か?」
「し…死なないって!」

若干嘲るような笑みを浮かべて言ってやる。
俺はジャージの袖で顔を拭う千石をしばし見下ろし、隣に腰を下ろした。

「……で、なんで泣いてやがったんだ?」
「…い、いやー…ハハハ…」

同じ質問を繰り返した。千石は言葉では笑ってみせたが、それが心からの笑みではないと気づかない程俺もバカではない。
すっと目を細め奴が口を開くのを待つと、やがて小さな声で話始めた。

「……死にたく、なかったんだ」

ポツリと呟く。
しばらく間をあけ俺は「……まだ死んでねえだろ」と言った。
千石はハハ、と再びから笑いをした。やはり笑顔は作れていなかったが、まだ他人を気遣うほどの余裕はあるようだ。

「こええのかよ、死ぬのが」
「怖い訳じゃないんだ。ただ……」

千石はギュッと膝を抱えこんで目を閉じた。そして、まるで独り言であるかのように呟いた。

「……ただ、見つけたかった。俺が生まれた訳を…本当の自由を」

生まれた訳。本当の自由。………それが千石の探しているもの。

「……」

俺は短くなったタバコを地面に押し付け新しいタバコに火を着けた。
煙を吐きながらふと空を見上げると、いつの日にか俺がテニスコート脇の木の下でタバコを吸っていた時の事を思い出した。
確かあの時、俺が指図をするなと言うもやけにしつこく説教をしてきた奴がいた。もしかしたらこのプログラムにも連れてこられていたかもしれない。その内俺は飽き、その場を後にした。

クソみてえな日常だった。………もう決して取り戻す事はできねえ日常。







それからしばらくの間、俺達は黙ってただ海を見つめていた。まだ低い位置にあった太陽はいつのまにか真上にあり、やがて定時の放送が始まった。

『ザッ─ザーザー………12時の放送を始める。死亡者───』

ただ淡々と読み上げられていく名前の羅列。俺はその羅列の中にある人物の名前を見つけた。

放送が終わった。ちらりと千石を見ると相変わらず海を見つめている。
俺は荷物を持って立ち上がり、木々の生い茂る森の方へ歩き出した。

「亜久津っ!……どこ行くの?」

呼び止める声に思わず足を止める。……きっと奴には、答えが必要だ。

「意味なんかねえよ」
「……え?」
「生まれてきた事に意味なんかねえ。無意味に死んでいった奴らをたくさん見てきただろうが」
「……っ」

海を眺めながら少ねえ脳ミソで俺なりに導き出した答えだ。
俺は再び足を進め出した。目的を果たすために。

「ただ……本当の自由ってモンなら、生まれたその時から俺は持ってるつもりだ」
「!!」

そうだ、俺は自由だ。
生まれた時から誰も俺を縛りつけることなんざできやしねえ。たとえこんなプログラムに連れてこられようと自由は手放さねえ。

千石の視線を背中に感じながら、俺は木々の生い茂る森の中へ踏み込んで行った。








数十分程歩きようやく見つけた古ぼけた小さな小屋の影に、そいつは横たわっていた。

「見つけたぜ………太一」

ジャージを血に染めグッタリとした太一の手には小さな銃が握られていた。…最期まで抵抗していたのだろう。

「………馬鹿野郎が」

先輩先輩とちょこまかと後ろを付いてまわっていた、うるさい奴だった。いつも馬鹿みたいに笑顔で走りまわっていた鬱陶しい奴だった。
……こいつが再びあの笑顔を浮かべる事は、もうない。

俺は虚ろに空を見つめる太一の目を閉じてやり、その体を担ぎ上げた。
そして再びあの砂浜へと歩を進めた。











「………」

砂浜に着いた時、既に千石は息をしていなかった。
横たわる千石の隣に太一を寝かせ、奴の手元に転がっている瓶を拾い見る。睡眠薬だ。

「………どいつもこいつも馬鹿野郎ばっかりじゃねえか、クソッ」

悪態をつきながら軽く千石の体を蹴る。
隣にドサッと座り顔を見ると、まるでただ眠っているだけのような顔だった。
今にも目を開けそうで、いつものあの鬱陶しい笑顔で話かけてきそうな顔。
そして……

「……満足そうな顔しやがって」

曇りのない安らかな死に顔。こいつは自由を手に入れたんだ。

千石、俺の出した答えはお前の役に立ったかよ。少しでも、お前を救えたか。
らしくねえな、こんな事考えるなんざ俺らしくねえ。
……でもよ、俺はお前の事、少なくとも敵とは思ってなかった。ダチだなんて言う気はねえ。だが少なくとも、嫌いじゃなかったんだ。
ポケットからタバコを取り出しいつものように火をつける。
ちょうどその時、政府による放送が始まった。もう定時の放送はないはずだ。…という事は、放送の内容は限られる。

『ザーザザ─プログラム終了、プログラム終了。優勝者、山吹中三年亜久津仁。優勝おめでとう!直ちにスタート地点まで戻りなさい』

「……聞いたかよお前ら、優勝だとよ。フンッ」

ヴーとプログラム終了のサイレンが鳴り響く。

「…フッ、ハハ……ハッハッハッハッハッハッー!!!」

横たわる二人を交互に見ると、何故か笑いが込み上げてきた。
こいつらの死を背負って生きろだと?冗談じゃねえ。
俺は自由だ。生まれた時からずっと。
クソみてえな大人共に監視されながら生きる、そこに自由はあるか?
……答えはNOだ。

「俺は他人の指図なんか受けねえ」

砂浜に転がる黒い鉄の塊。太一をここまで連れてくる時に咄嗟に拾ってしまったものだったが、役に立つ時がきたらしい。
拾って見てみればそれは掌に収まるほど小さい物だった。
だが撃ち所によれば命を奪う事は容易いだろう。

「…これが俺の道だ」

自由を愛し、自由のために生き、そして自由のために死んでいく。
このまま進む。これが俺だ。俺の道だ。

軽く頭に付く程度の位置に銃を構える。
視界には夕焼けに染まったオレンジの海と空。
そのままの姿勢でゴロンと寝転ぶと、やがて視界から海は消えて空だけになった。
雲が流れる空を見つめていると1羽の鳥が空を旋回しているのが目に入った。まるで、俺は自由だと自慢しているかのように。

「……悪いな、自由なのはお前だけじゃねえんだよ」

銃を握る手に力を込め引き金にかけた人差し指を引く。パンッというかわいた音を最期に、俺の意識は暗転した。





I was born this way.



(I'm on the right track!)




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