お題小説

□灰とチョコレート
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よく夢に見るんだ。
その世界は誰もが平等で誰もが幸せで、まるで苦しい事なんか1つも無いような、そんな楽園のような場所。
だから目を覚ますと俺はいつもこの世界の汚さや醜さにうんざりしてしまう。どうして俺はこんなところにいるんだろう…って。どうしてこの世界はあの夢の中の世界のようになれないんだろう…って。

「ねえ、どうしてだと思う?」
「知るか。というかそんな事どうでもいい」

日吉はそう言うと空になった弁当箱に蓋をした。

「……つれないなぁ」
「だってそうだろ。そんな事考えていても時間の無駄だし、だったら自主トレでもしてた方がマシだ」

…それは、そうなんだろうけど。
日吉の言う通りだ。
そんな事を考えていても俺があの世界に行ける訳じゃないし、この世界が変わる訳でもない。だから俺は眠りにつく時「どうか、今日もあの夢を見れますように」、そんな祈りを誰とも知れぬ誰かに捧げてから目を閉じる訳だが、あの楽園のような世界の夢を必ず毎日見れる訳でもない。そもそも似た夢を何度も見る事自体俺にとっては初めての体験だった。そしてあんなにも自分の意識がはっきりと残っているまま夢の世界を歩き回るのも、初めてだったのだ。
だから俺は余計にあの世界に焦がれた。あの世界を求めた。
欲しくて欲しくて仕方がないのに手に入らない。そんなものに、あと一歩足を踏み出せば手が届くような、そんな気持ちにさせられたから。

「だったらどっかの先輩みたいにずっと寝ていればいい」

……それは、ムリだ。
俺は朝はきちんと起き、夜はちゃんと決まった時間に眠りにつく。それが体に染み付いている。というか、あんなにも1日の大半を睡眠に費やせる人間はそうそういないだろう。俺なら脳ミソが腐りそうでとてもできない。
そんな事もあり常に夢の世界に逃げる事ができない俺は、掴めもしない幻にただ手を伸ばし続けるしかない訳である。

「日吉にも見せてあげたいなぁ」

あの夢のような世界を。
俺達が生きてるこの世界はひどく荒廃していて、息をする事さえ苦しくなる事がままある。
まさに灰のような世界。
でもあの世界は違った。
何もかもが色付いててカラフルで、眩し過ぎる程に華やか。
…そして溢れんばかりの、

「………死にたくなるくらいの、幸せ」

欲しいモノ全てが詰まってて、必死に必死に手を伸ばしてもやっぱり"ソレ"には届かない。
どんなに焦がれても、どんなに欲しても。

「別に俺は見たくない」

と、夢想を砕く声。

「え?」
「死にたくなるくらいの幸せ?それって本当に"幸せ"なのか?」
「…」

それは、分からない。
ただ俺にはアレが"幸せ"というものに感じられたし、他のモノに例えようとしても難しい。
俺にとってはアレは間違いなく"幸福"に満ちた世界なのだ。

「お前は夢なんてものに幸せを求めるほど、幸福に飢えてんのか」
「……別に、そういう訳じゃ」

いや、たぶんそうなのだ。
どうしようもなく幸福に飢えている俺は、必死にもがいてもがいて手を伸ばしてた。
それがどんなに幻に近かろうとも。

「他者の幸せを羨むだけで自分が持つ幸せに見向きもしない。気付きもできない。そんな人間に待っているのは破滅と、圧倒的な不幸だけだ」
「…幸せ、なんて」

持っていただろうか。この俺の人生に、人が羨む程の幸福などあっただろうか。
決して不幸なんかじゃない。でも俺の人生からは大切な何かが確実に欠落していて、それを求める事が罪だと言うならば俺はきっと罪人と呼ばれても構わないとさえ考えてしまうかもしれない。

「……毎日ご飯が食べられる、」

綺麗な服が着られる。
温かい布団で眠れる。
誰かがおかえりと迎えてくれる家がある。

それだけで十分幸せだ、とどこかの誰かは言うだろう。
確かにそれら全てを持っていない人もいる。そんな人達から見ればきっと幸せな事なんだろう。

でも"充分"じゃあない。それだけじゃ、何かが足りない。

「…足りない気がするんだ」
「…そうだな」

ハッと顔を上げると、日吉はフェンスに背をもたれながら空を見上げていた。

「…きっと人間は自分のいる世界に満足なんかできない。永遠に」

はるか先にある世界へと手を伸ばし続ける。そしてそれを掴めたとしてもまたさらに先へと手を伸ばす。

「ご飯が食べられなくても服がなくても、それが生まれた時からならそれはその人間の"当たり前"だ。俺が俺の生活を当たり前と思っているのと同じ」

そして俺達が羨むような華やかな世界に生きる人間にとってはそれが"当たり前"の世界であり、そこから更に上を目指す者がほとんどだろう。
しかしどの世界で生きていたとしても幸と不幸は存在する。
喜びも怒りも哀しみも楽しみも、どの世界においてもそれらだけは平等に存在するものなのだ。

「だが、その事に気づけるかどうかは平等じゃない。…それだけは、自分で気づくしかない」

日吉はそう言い残し屋上から去って行った。

「……日吉は、すごいなぁ」

世界は不平等で不条理で残酷だ。しかし正しい、のだろう。
努力すれば努力の分だけ結果が手に入り、怠惰な人間にはそれ以上は望めない。
代価の分だけ報酬が得られる。それがこの世の真理だ。……と思う。

でもそんな真理を受け入れるのは俺には難しすぎて、いつも代価もなく何かを得ようとしすぎてきた。
あの夢の世界にしてもそうだ。
自分の世界を変える努力もしないで、夢に逃げようとしてる。

日吉はそんな"真理"を受け入れてて、その世界で"生きて"いた。

「……ホント、羨ましいよ」

俺には到底受け入れ難くて真似などできない生き方だ。
あの病み付きになりそうな程に甘い甘い世界に、俺の魂はもうすぐ虜になってしまうだろう。
この呪縛から抜け出したい。けど抜け出した先に現れるのがまた灰のように色のない世界だと言うのならば、俺にとって最良の選択肢は、一体どちらなのだろうか。





灰とチョコレート
(チョコレート中毒、なんて)
(笑えない冗談だけど)






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自分の世界に満足できない絶賛厨二病な長太郎と現実に生きる日吉。

2015.10.19

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