お題小説

□あはれ
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「ひぃ…っい、嫌だ止めてくれ!やめっ…」

グサリ。
逃げようともがく少年の髪を背後から引っ付かみ、喉元に鈍く光る刃を突き立てる。ぐっと力を入れると、首の反対側から赤く濡れた切っ先がキラリと覗いた。

「あ…がっ…ア゙ッ」

刃を滑らせていくと少年は目を見開きながら苦しげに声を洩らした。
ゴリッと固い何かに刃が止まり、それを切断する勢いで刀を降る。
首から勢いよく噴き出した血が前方に地だまりを作っていくのを見ながら掴んでいた少年の髪を放すと、少年はドサッと地面に崩れ落ちた。
ピクピクと体を震わせながら涙を流す少年はケホッと小さく咳をすると、そのまま動かなくなってしまった。

「…神よ、その広き懐にこの小さな魂をお迎えください」

仰いだ空はどんよりと薄暗く、神も仏もその影を現さない。
まるでそこには何も無いのだと言うかの様に、ただ無だけが広がっているかのような空だった。

神、なんて信じてもいないモノに救いを求めるようになったのは、一体いつからだっただろうか。
この世界に救いなど無いのだと理解してしまったのは、一体いつだっただろうか。

ただただ空虚だけが広がるこの世界で生きるのはあまりに甘美すぎて、あまりに苦しすぎて。
それでも逃げられない。生きている限り永遠に、この世界の全てから逃げる事なんてできないのだと、受け入れたくない真実が目の前に突き付けられて、それに恐怖して絶望して……。
ならいっそのこと、

「(全部、壊してしまえばいい)」

大好きだった仲間達も、大嫌いなこの世界も、全部全部自分で壊して、元になんか戻らないくらいグチャグチャにしてしまえばいい。
そうすればきっとこの心を侵している汚いナニかも、遠くにいってしまってもう手の届かなくなってしまった美しいナニかも、全部気にならなくなる。消し去ってしまえる。

「…全部」

目を閉じると瞼の裏にうつる何か。それはいつかの幼い自分と、まだ優しかった母親の姿だった。
手を繋いで、笑い合いながら歩いていく二人。そんな愛していた光景。美しかった思い出。

全部全部、幻だった。

目を開くと遠くに一つの人影が見えた。
……あれも、幻?

「……消さなきゃ」

ゆっくりと遠ざかっていく人影を見失わないように、走った。
草木が顔を掠り傷をつくっていくのも気にせずに走り続けた。

「っ!?」

剥き出しの刃がその相手に届く距離になる前に相手はこちらを振り向いた。音も何も気にせずに走ってしまったからだろう。
振り向いた相手の顔はどこかで見た事があったような気がしたが、それがどこだったかは忘れた。
驚愕に満ちたその顔目掛けて振り上げた刃を振りおろす。
刃は相手の額を掠った後そのまま空を切った。

「ひっ…」

足をもつれさせながら後退りする相手にもう1度刃を向ける。
恐怖に固まって動けずにいる人間をとらえるのは簡単で、刃は相手の腹部を貫いた。

「うぐぅ…!」

痛みに歪む顔を見ながら刃を引き抜くと、少年はドサリと地面に倒れ込んだ。

「て、てめぇ…げほっ…」

うずくまりながら恨めしげにこちらを睨んでいる少年を見下ろしながら楽にしてやろうと刀を振り上げると、鋭い目と視線が交わり腕が止まった。

この目を、俺は知っている。恨みの込もった暗く鋭い目。
そしてあの目は、低く唸るような声で俺に言うんだ。

死ね。
お前なんか死んでしまえ、と。
髪を振り乱しながら彼女は叫んでいた。

「っ…死ねええええ!!」

荒々しい雄叫びに意識を引き戻される。
気づけば地面を這っていたはずの少年は小さなナイフを振り上げこちらに飛びかかってきていた。

脳裏にフラッシュバックする、かなきり声をあげる彼女の姿。
彼女の声と、目の前の少年の声が頭に響く。何度も、何度も、何度も。

「がっ!」

がら空きの腹部に小太刀を付き刺した。
刃渡り10センチ程のナイフとテニスラケットよりリーチのある小太刀。どちらが先に相手に届くかなんて明白だ。
少年は再び地面に沈んだ。

「ぐ…うう…っ」

少年は涙を流しながら呟くように言葉を吐き始めた。
静かに、静かに。

「くそっ…お前なんか…死ね…っ…ゲホッ…死んじまえ……っ!」

涙を流しながら死ね、死ねと呟く少年の姿がいつかの彼女の姿と重なった。
とめどなく涙を流し続けながら静かに俺の死を願った彼女。

……そう、全部こいつが悪いんだ。
こいつのせいで、俺は全てを奪われる絶望を知った。
こいつのせいで、俺の全ては狂ってしまった。
こいつが、こいつが、コイツが…………。

「…オマエが」

ザクッと少年の太ももに刃を突き立てると悲鳴が上がった。
その悲鳴がうるさかったので今度は絶対に絶命させるため心臓を狙った。
また小さく声が上がったが、少年はそれきり声をあげる事はなかった。
それでも本当に死んだか不安だったので、もう一度心臓を刺した。
次は首。次は顔。次はもう一度心臓を狙って。

グサリ、グサリ、グサリ、グサリ。

そうして何度も何度も繰り返している内に次第に疲れ、座り込んでしまった。
目の前にはかろうじて人の形をしてはいるが、真っ赤に染まってグチャグチャになってしまった"モノ"が転がっている。
それをボーっと眺めていると、ポツリポツリと頬に水滴が落ちた。
空を見上げれば相変わらずどんよりと薄暗い雲が広がっている。
雨だ。

「……冷たい」

雨粒は次第に数を増していき、数分もしない内に土砂降りになった。
真っ赤な"ソレ"から流れた血が雨に溶けて広がり更に地面を染めていく。
辺りはさっきよりも少し薄まった赤で埋めつくされた。

……それはまるで、俺の世界そのものだった。
鮮やかに見えて本当は酷く不確かで、汚くて、薄まった、色みのない世界。

「はっ…はは」

そうだ、本当は、初めから全部分かってた。
本当に空虚が広がっていたのは俺の世界だけだった。
俺が本当に大嫌いだったのはこの世界なんかじゃなく自分自身だった。
でも俺は、それを受け入れたくなくて、知りたくなくて。

……本当は、何も奪われてなんかいやしなかった。愛も、自由も、感情も、捨てたのは自分自身だった。
全部全部捨てて他人のせいにして、自分にのしかかる全ての恐怖や、痛みや、苦しみから逃げてきた。
灰色に染まってしまったこの世界もいつかあの美しい虹色の世界に戻る。そう心のどこかで信じていた。そう信じて、今まで生きてきた。

…でももう終わりだ。
信じるのは終わり。期待をするのも、逃げるのも、戦うのも。

分かってしまった。
この世界に色がつく事はもう2度とない。
この戦いが終わる事も、信じた先に何も無いのだという事も、全部全部分かってしまった。


……俺が真っ先に壊すべきだったのは仲間達でも、この世界でも、ましてや母の幻なんかでもない。
俺自身だった。


見上げた空は酷くぼんやりとした灰色で、まるで俺を嘲笑うかのように次々と雨粒を落としてくる。
ゴロンと寝転べばそれは全身に当たり俺の体を冷やしていった。
いっその事、そのまま俺の体温を全部奪ってくれればいいのに。

静かに目を閉じればそこには何も写らず、ただただ暗闇だけが広がっていた。





あはれ

(もう届かない幻に必死に手を伸ばす)
(一番哀れなのは、そんな俺自身だった)









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過去のしがらみに捕らわれた滝さんのお話。

↓以下設定等

幼い頃に父の浮気で両親が離婚し母に引き取られる。
その後母には恋人ができるが、恋人は子持ちの女とは一緒になれないと結婚を拒む。
母は息子の存在が煩わしくなり、次第に息子の死を願うように。
状況を危険と感じた母方の祖母は引き取りを申し出、以降滝は祖父母の元で暮らす。そのおかげで母は恋人と結婚。滝が引き取られて以降二人は会っていない。
祖父母の惜しみない愛情を受けながらも幼い頃の生活の記憶が消えず、優しい少年という殻の内に歪んだ人格を秘めたまま育った。
今回のプログラムに参加する事でその殻が破け一気に内側の人格が姿を現す事に。

一応続編を書く予定です。
こんな所までお読み頂きありがとうございました!

2014.8.11

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