お題小説

□あなたの人形にはならないから
1ページ/1ページ


日吉若という人間に興味を抱いたのが一体いつからだったか、俺は覚えていない。
しかし彼はほとんどの人間という人間に興味を示す事がないので、俺はそれを目の当たりにする度にがっかりしたり傷心したりしていた。
そう、俺は彼に特別な想いを抱いている。が、彼が俺に特別な視線を向ける事はない。
その事に気づいた時から俺は、彼に対してありふれた願望や気持ちを向ける事をやめた。
ありふれた願望というのは、つまり付き合いたいとかセックスしたいとか、そういう事。

常に高みを目指し孤高の存在でいようとする彼。
いつしか俺の中の彼は神にも等しい崇拝すべき対象となっていった。
誰も彼に干渉させず、自分も必要以上に彼に踏み込まず、彼がしたい事をできるように。

「日吉」
「……跡部さん」

しかし、俺がいくら頑張っても取り払う事が出来ないモノもあった。

廊下を歩いていく二人の背を見送る。
日吉を引き連れて歩いていく跡部さんはこちらに一瞥をくれてから廊下の門を曲がっていった。

「……」

彼、跡部さんがやけに日吉にちょっかいをかけるようになってきた事には以前から気がついていた。
跡部さんが日吉にどんな気持ちを抱いているのかも。
それでも俺が焦らずにいられるのは日吉が跡部さんのモノになんかなる訳がないと、全てが無駄だと分かっているからだ。

「そう、無駄なんですよ跡部さん」






ある日の放課後。
今日は部活が休みのためテニスコートが使えない。そんな日は、日吉はきまって校舎の裏にある目立たない倉庫で壁打ちをしているのだ。
前偶然そこで日吉を見つけてから、俺は不自然でない程度の頻度でそこへ行き、日吉と二人で打ち合いをしている。日常の中の楽しみの1つだ。
今日もそうしようと倉庫へ向かうと、日吉と、1人の女子生徒の声が微かに聞こえてきた。告白、というものだろう。
日吉が告白される事自体は珍しい事ではない。
しかしあの日吉が告白されてありがとうと返した事に、少しばかり驚いた。……同時に、小さく嫉妬心が芽生えたのが分かった。
もしも俺か日吉が女だったら、俺も告白できただろうか?
………否、それでもきっと、俺はこの気持ちを彼に伝える事はないのだろう。
こうして、影から見守る事を選ぶのだろう。

「(なんて……だだの自己満足にすぎない)」

女子生徒が去ったのを見届けやっと日吉に声をかけようと一歩踏み出す。
しかしその足は再びその場で止まる事となった。

「跡部さん……?」

校舎の影から現れた跡部さんは日吉の元へ歩み寄ると彼を倉庫の壁へと叩きつけた。
それから二三言葉を交わすと、不意に二人の唇が重なった。

「……!」

日吉が跡部さんを突飛ばしたためそれは一瞬の出来事だったが、俺の脳裏には二人のその姿が色濃く刻まれた。

「……」

振り返った跡部さんはゆっくりとこちらへと歩いてくる。
咄嗟に隠れようと足が動いたが、しばし考えてそれは止めた。

「跡部さん」
「……鳳、見ていたのか」

角を曲がってきた跡部さんと向かい合う。
彼は俺の姿を見ても驚いた素振りも見せず、血を滲ませた口にいつもの薄ら笑いを浮かべながらそう言った。
まるで全てを自分が握っているんだとでも言うようなあの笑み。
俺の気持ちに気づいているくせに、この人はそれを意に介す事もない。余裕の表情を浮かべて、いつもいつも全てを自分の好きなようにしてしまうのだ。
きっと日吉すらも、いつかは自分のものにしてしまえると思っているのだろう。
……でも、無駄だ。

「……どんなに頑張ったって、無駄ですよ、跡部部長。日吉は…」





あなたの人形にはならないから
(そう、彼は誰のモノにもならない)
(だからこそ、美しい)




2014.5.6
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ