お題小説

□首切りの時間
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例えば、ある一人の人間に神にも等しい力が与えられたとして。
その人間は、一体どんな事にその力を使うだろうか。
金か、地位か、名誉か、知識か、愛か……どのみちそれが人間のなす事である限りろくな事ではないのだろうが。
では自分ならば?
自分ならば、一体どんな時にその"力"を使いたいと思うだろう。
自分の欲望のためだけにそんな力を使うなんて間違ってるって?
ならば世界平和?科学の発展?それとも全人類の平等化でも?
……自分ならば、今。
今すぐだ。そんな力があれば今すぐにその力を使いたい。
仲間が次々と死んで知人に命を狙われて、後少しで首もとにある爆弾が爆発するなんていう、今みたいな状況で。

「…なんて、馬鹿げた妄想をするようになったものですね」

バトルロワイアル。
この悪夢のようなプログラムが始まって、早くも3日目を迎えていた。
BRに参加が決まったのだと理解した瞬間、僕、観月はじめの頭の中では、人生の最期を迎える"覚悟"を固めるための葛藤が始まった。

そうして出た結論は、僕は決して人を殺さない、という美しくも愚かな答えだった。
殺さず、でも殺されたくもない。だから必死に逃げて逃げて逃げ延びた。
その結果最終日まで無傷で残る事になった訳だが、これがいい事なのか悪い事なのか、僕には分からない。
人生の残りの三日間、できる限り満喫した。悔いは……ある。
それでももうどうにもならないのだ。
死んでいった奴らは確かにいたし、自分が最後の一人になれる自信も、なりたい気持ちもない。

「僕はただ…」

ただ、生きていたかっただけなのに。
テニスをしながら学業に励み、趣味に没頭し、たまには友人達とふざけ合う。そんな毎日を望んでいただけだった。
それなのにあんなにもあっさりと命を奪われて、今まで生きて築いてきた全てを否定された。
まるでお前達の命に価値なんかないと言うかのように。

「…僕達がしてきた事に、意味なんてありませんでしたよ……」

思えば価値のない命だったのかもしれない。
意味なんてなかった人生。
…まだまだこれから築いていくはずだった、僕達の人生。
それがたったの3日間で奪われた。たくさんの命が、人生が。
空を飛んでいく鳥は自由を自慢するかのように羽ばたいていく。自分はどこまでも行けるのだと、この先も生きていくのだと。

「憎らしい」

そう呟いたと同時にプログラム最後の放送が始まった。
死者の名前を淡々と告げる運営の声に、心が揺らぐ事は無くなった。

現時点での生存者5名。残り時間1時間。

その放送が終わったとほぼ同時だった。
ガサリ、と音を忍ばせる事なく、背後の陰から一人の男が現れた。
一昨日よりも明らかに憔悴しきった死んだような顔を歪め、男は泣いた。

「…なんで…っ、こんな事になっちゃったのかな、観月…っ!」
「……君でしたか、不二周助」

白を基調とし清潔感に満ちていたはずのジャージは土と血で汚れ、かつての威厳も面影もない。
付着したその血が彼自身のものなのか、別の誰かのものなのか、僕には分からない。

「…なんでこんな事に、ですか。そんな事、知ってる人間がいるなら僕だって聞きたい」

ここにいる人間には、ここで死んでいった人間には決して分からない。
もしも僕ら全員が生きていける未来があったなら、誰もがその未来を望んだだろう。ただ、それを望まない人間が大人達の中にはいたのだ。
いや、奴らからすれば変わらないのだろう。今ここにいるのが僕らだろうと別の人間だろうと、それはきっとどうでもいい事だった。
全てはただの偶然だ。
僕らがこの糞みたいなプログラムに巻き込まれたのも、こんな僕がたった一人で最終日まで残ったのも、それでいてほぼ無傷なのも、今日の空がこんなにも晴れわたっているのも、全部全部偶然だ。

「皆死んだんだ……手塚も大石も乾もタカさんも英二も……裕太も」
「…知っていますよ。…僕だって、全部聞いてきた」

ここで失われた命の数だけ紙に横線を引いてきた。
その、名前をリストから外すための行為を、初めはどれほど躊躇っただろうか。
しかしその感情も長くはもたなかった。その行為もやがて単なる作業に変わって、ドキリと手を止めるのは親しかった人物の名前が呼ばれた時だけになった。
……チームメイトの名前が呼ばれた時だけは、いつも涙が溢れた。
声を上げて泣くのはあまりにも久しぶりだったから、やがてその声が自然と出ているものなのかわざと出している声なのか分からなくなった。

「…全部を見てきたね、僕達」
「…ええ」
「頑張って生きたね」
「…もちろんです」
「……ははっ…後悔、ばっかりだ」
「…そうですね」

そう、ですね。
思えば後悔ばかりの人生になったものだ。やり残した事だらけ。このまま死ねば、きっと天国には逝けないのだろう。未練がましくこの世にしがみつき、家や、学校や、テニスコートを眺めながらただ時が過ぎるのを感じるのだろう。
もしくはそこで幸せそうに過ごす人々に呪いでもかけるのかもしれない。そうなれば地獄逝きは確定だ。

「……もう、いいかな?」
「……不二君」

そう良いながらアーミーナイフを握りしめる不二周助を、僕にはただ見つめる事しかできなかった。
止める事なんて出来ない。ここで全てを失った者同士、終着点はきっと一緒だった。選択肢なんてきっと、最初からなかったんだ。

「…もう、いいよね」
「…ええ」
「っ…ありがとう、観月…」

思い切り振りかぶったナイフはまるであるべき場所に帰るかのように、そのまま不二周助の胸元に突き刺さった。

「ぐ、…あ、ああ゙」
「…っ」
「あ、は……こ、れで……やっと」

ドサッと地面に倒れこみ空を仰ぐ彼の姿は、いったい"奴ら"の目にどううつっているのだろうか。

「…さ、きに、いって……まっ…ててあげ…る……」
「…僕も、直ぐに追い付きますよ」
「……うん」

じわじわと広がる彼の血は、まるで彼の魂が抜き出ていくかのようにどんどん広がっていった。
その様を暫く見つめていると、やがて彼の命が消えていったのが分かった。
綺麗に瞼を閉じて事切れた不二周助の隣に腰を下ろして、胸元からナイフを抜きその両手を胸の上で組ませた。

「…こんなはずじゃあ、ありませんでしたよね」

輝きに満ちていたはずだった僕らの人生。
不平等と不条理に満ちた僕らの人生。
思い通りになんかならない、僕らの人生。

「きっと、もっともっと続くはずだった」

きっと皆、未来に向かって歩いていくはずだった。
…全ては、偶然?

「…っ…ふざけるな…!!」

偶然の一言なんかじゃ片付けられない。
これは僕らの命だった。僕らの時間だった。ここで消えていったもの、全部全部僕らのものだった。

「…こんなのっ…あんまりだ…!!」

どんどん溢れていく涙はその度に不二周助の血と混ざりあっていく。
命が、混ざりあっていく。

空を見上げて、声を上げて泣いた。まるで子供のようにわんわん叫んだ。人目なんか気にならない。気にする必要もなかった。

「っ…ぅあああ!…ひっく…なんで…!くそ…っくそおおおおお!!」

相も変わらず空は晴れ晴れとした晴天で、空を飛ぶ鳥は僕をバカにするかのように悠々と飛び回りながら不二周助の屍肉を狙っている。

「…憎らしい…っ」

右手で握ったナイフがやけに手にしっくりとくる。ナイフはその時がくるのを待ちわびているかのようにギラギラと輝いた。

終着点は、結局一緒。

深呼吸をし、気持ちを落ち着けた。
ゆっくりと喉元にナイフを当てると、ヒヤリとしたナイフの感触と血のヌメりを感じた。
意外と最後はあっさりなものだ。あんなにしがみついていた生を手放す事に、もう1滴の涙も出ない。さっきので絞りつくしたのだろうか。

「…神よ」

自ら命を絶つこの大罪人を、どうかお許しください。
心の中で祈った。
どうか、どうか願わくは、彼らと同じ場所へ。
頭の中で先に逝ってしまった彼らの顔を思い浮かべながら、両手で握ったナイフを思いきり首に突き刺した。

「…っあ゙…!」

痛い。生きてる。痛い。
ナイフを引き抜くと、目に見える程に勢いよく血飛沫が飛び散った。思わず倒れこむ。
真っ赤な血は、一定のリズムを刻みながら首から吹き出ている。
ああ、痛い。熱い。命を絶つというのはこんなにも苦しい事なのか。
首元に手をやると、血ですっかり汚れているだろう首輪が指先に触れた。
その感触を感じ、少しだけ"奴ら"に勝ったような気がした。"奴ら"を血で染めてやったような、そんな気が。

「ざま…みろ…」

声もしっかり出ない。先も長くないだろう。
血はゆったりと流れ続けている。少し寒くなってきた。体温が下がってきたようだ。
心臓はバクバクいっているのに頭の中はやけに冷静で、そんなどうでもいい事ばかり考える。

ふと、何かが視界を横切った。
そしてそいつは、僕の隣に横たわる不二の上に降り立った。

「…や、あ」

カーカーと鳴き声を上げるそいつを初めてこんなに近くで見た。
真っ黒な鴉はしばしこちらを見ていた後、不二の胸元にある傷口をくちばしでつつき始めた。

「…っ!」

させるものか。もうなにも奪わせやしない。お前達にやるものなんか、血肉の欠片もない。

「…っぐ…!」

ああ、憎らしい。

アーミーナイフを渾身の力で降り下ろした。ナイフは必死に不二を啄む鴉の脳天に突き刺さった。
鴉は鳴き声をあげながら大きく翼を羽ばたかせ、少しの距離を不恰好に飛ぶと、そのまま地面に落ちた。

バサバサびくびくと痙攣する鴉を横目でみやりながら、自分の命が消えていくのを感じる。

「…ざまぁ、み…ろ」

寒い。痛い。苦しい。
けど、けどこれで。

「(…これで、やっと)」

やっと、終わるんですね。

あの日、死にたくなくて必死に逃げた。殺したくなくて必死に走った。
でももういいんだ。もう、終わったんだ。

終着点は結局一緒。

寝転びながら見上げた薄れる視界には少し曇り始めた空がうつってて、相も変わらずやはり鳥達が自由に飛び回っていた。

目を閉じれば一粒の涙が零れ、プログラム終了の放送が微かに耳に流れ込むのを感じながら、黒く染まっていく意識に身を預けた。





首切りの時間
(さらば人生)
(さらば世界)
(死んでも恨み続けます)








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かなり長い間を空けての更新になりました!
いや〜なかなか綺麗なお話を書けず大体こういう不完全燃焼な話になってしまいますね。
自分の妄想を自分の好きなように書き連ねただけのこの駄文、はたして皆様に伝わるものがあるのかどうか……。
何はさておき、ここまで読んで頂きありがとうございました!
また次回。
 

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