〜夜蝶妄りに恋する勿れ〜



抑えていたというより、寧ろ湧かなくなっていた。

直情型というのは、本当に昔の話で、感情はもう疾くに麻痺していた。

そう思っていた。

だから一瞬にして、炎の様なあんな激しい感情が燃え上がった事に自分でも驚くばかりだ。


「何してるんだ!!」


叫んだのは、下卑た笑いを浮かべる男達でも無く、その下で半分以上肌を曝しているルルーシュでも無く、自分だという事に気付くのに、少し時間を要した。

「…あーシラけた」

沈黙の後、そう吐き捨てて自分の横を通り過ぎる男達を黙って見送った。

後から考えてもこれは正しい判断だったと思う。

あの場であれ以上彼等に接していたら、殺してしまい兼ねなかったから。

人を殺めるのは善くない。

握った拳の中で、自分の爪が刺さって血が滲んだが、痛みなんて感じなかったし、それ位で済んで、本当によかった。


「…ルルーシュ」

身体中を剥き出したまま、放心状態のルルーシュに視線を移す。

宙を見つめたまま、ぴくりとも動かない姿は、まるで一枚の美しい絵の様だ。


何て言葉を掛ければ良いのだろう。

プライドの高い彼がこんな事をされて、ただで居られる筈が無い。

先程迄の行為の所為か、紅潮した頬も、濡れた眸も、妖艶で見惚れる程だったが。

しかし、次の瞬間、一気に冷水を浴びせられたような気がした。

彼は鬱陶しそうに溜め息を吐いてこう言ったのだ。


「余計な事をしてくれた」


…僕は間違ったのだろうか?


「………合意の上だった…?」

複数の男と?

信じたくない事実に、声が擦れる。

「…そうだな」

ルルーシュは緩慢な動きでぐちゃぐちゃに乱された制服を直し始める。

「…付き合ってるのか…?」

理解する事を拒否しながらも、問は自分の意思とは違う所で勝手に零れていく。

「…別に。…スザク、今度は俺の番だ。お前は何を息急き切って止めに入ったんだ?普通こういう場にずかずか踏み込んできたりしないだろう」

一気に顔が熱くなる。

それでも言葉を返した。

「…君が襲われてると思ったから。…友達なんだから助けようと思うのは普通だろ。それより、君は付き合ってもいない相手とあんな事をするのか!?」

「何故いけない?」

ルルーシュは眼を蠱惑的に細めて、笑みを浮かべた。


…これは本当にルルーシュか?


本気でそう思った。

「理解出来ないという顔だな。…お前なら解ると思ったんだが」

解るだって…!?

「解らない!君が解らない!!解る訳無いだろう!!」

思わず叫んでいた。

それは自身にじわりじわりと近付く、影の様な昏い欲望を振り払う為でもあったのかも知れない。

そんな僕を、ルルーシュは憐憫さえ含んだ目で見つめてくる。

「お前だって経験あるんじゃないか?」

そう言うルルーシュはもうきっちりと制服を着終えている。

「エリア11の首相、枢木ゲンブの息子。軍なんかで恰好の餌食だったんじゃないのか」

ルルーシュは愉し気な形の瞳の奥に、静かな憎しみの炎を瞬間閃かせた。

「あの腐ったブリタニアの屑共が、貶めて汚す事で馬鹿みたいな自尊心を慰める為の、恰好の餌食だったんじゃないのか!?」

ルルーシュは聡い。

「でも!…僕は君とは違って抵抗した!」

自分への罰と、どんな暴言も受け入れた。

しかし、凌辱だけはどうしても耐えられなかった。

「…俺もお前だったらそうしたかも知れないな」

「…どういう事」

ルルーシュの表情が呆れを通り超した。

「…お前には人並み外れた力があるだろう。俺にはそんな力は無かった。無い力で抵抗したって、相手を煽るか、酷くさせるのが関の山だ。それならいっそ、飽きて自然に去るのを待つのが一番いい」

…そうだった。

あの頃もルルーシュは日本の子供の暴力を耐えていた。

だから僕はルルーシュを守ろうとしていたんだ。

離れ離れになって、僕が彼を守る事が出来なくなって、…あぁ、きっとナナリーを守る為にも黙って耐えていたに違いない。

…けれど。

「…ここの学園の生徒にまでそんな事する必要は無いんじゃないのか」

「…俺はずっと汚い大人と関わらざるを得なかった。これで自分を確と持つ為には、発想を変えるしかないだろう。俺はこういう事を俺にとって有益な物だと思い込んだ。一種のマインドコントロールだ。…だから今更こういう事を否定する事は、即ちこれまでの自分をも否定する事になる。解ったろう?もう放っておいてくれ、スザク」

「嫌だ」

図々しく即答した。

「スザク!いい加減にしろ!」

ルルーシュの声に苛立ちが隠る。

それでも退かない。

退く気なんて更々無い。

「…嫌だ!この七年は傍に居られなかったけど、今は近くにいる。僕が君を守る!その所為でもっと相手が酷くなるんだったら、それからも守る!」

何度か途中でルルーシュが口を挟もうとしたが、畳み掛ける様にして、喋らせなかった。

「…何で」

「…友達だから」

ルルーシュは根負けして、溜め息を吐いた。

「…好きにしろ」





それから僕は学園で、可能な限りルルーシュの傍から離れなかった。

それでも僕の居ない隙にそういう事が起これば、片っ端から邪魔していった。

そんな事が続き、今では僕の知る限り、ルルーシュは誰とも関係を持たなくなった。

ルルーシュが変わったから分かる。

笑顔が自虐的で無くなった。

僕の前で素直になるようになった。

ルルーシュは僕を完全に信用している。

「誰も信じられなかった。…近付いてくる男は皆俺を犯そうとするし…」

ルルーシュは綺麗だ。

「俺はスザクが好きだよ」

それはそれは綺麗に笑うんだ。

与えられる、一瞬の途轍も無い高揚と、非情な迄の落胆。

「スザクは俺に触らないから。絶対そういう対照として見ない。俺の事を下心無く心配してくれる」

まるで純粋無垢な子供の様に。

どれ程身体を汚されたって、ルルーシュはずっと綺麗のままだ。

きっとこの世界の何よりも綺麗だ。

それがルルーシュという人間だ。

「ありがとう、スザク。」

だから間違っても僕なんかの手で触ってはいけない。

そしてそれが僕にとって、ルルーシュの特別で居られる条件。

千切れる位愛しいと、触れたいと思えば思う程、許されない事。

劣情と信頼を天秤に掛ければ、いつもほんの少しだけ勝る方がある。

「当たり前だろルルーシュ、友達なんだから」


──口に出す事も叶わず、報われる事も無い僕の恋──。

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