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「…おーい、スザクー?」

「うん…」

「なんだよ、またルルーシュの事?どうせエロい妄想でもしてんだろ」

「うん…」

教室で、机に頬杖を付いてぼうっとしたまま、何を言っても同じ反応しか示さないスザクに、リヴァルは弱って頭を掻いた。

「…ルルーシュの事貰っちゃうぞ?」

「それは駄目だ」

違う反応が返ってきたと思いきや、スザクの目は依然宙を見つめている。

ルルーシュの事はスザクにとって反射らしい。

流石というか何というか…。

まぁ最近のぼんやりの原因がルルーシュって事は簡単に予想はつくんだけど…。

と、リヴァルは諦めたようにスザクから視線を外し、教室を見渡すと、ルルーシュを見付けた。

「あ…ルルーシュとカレンだ」

「何?」

その言葉にスザクは漸く顔を上げた。





「あの…さ、ルルーシュ、ちょっと相談があるんだけど…」

カレンは人目を憚りつつルルーシュに話し掛ける。

「うん。なぁに?」

「あのさ…もうすぐホワイトデーだろ?それで、この前くれた人に何か返したいと思って、どうせならスキルアップの為にも手作りしたいと思うんだけど…」

カレンは周りに聞き取られないよう、声を落として喋る。

「いいんじゃない?皆カレンの手作りなら喜ぶよ」

無邪気に答えるルルーシュに、カレンは渋い顔で返す。

「でも、俺がお菓子作りはやっぱ…」

「そっかぁ…、じゃあ作るけど、買った事にするとか!」

「それは無理だろ!そりゃルルーシュは上手いから大丈夫かも知れないけど、俺まだ全然不器用だし、下手くそだし…」

カレンはとんでもないと首をぶんぶん振る。

「…でもな、それでも前よりは何とかなるようになったんだ。その…ありがとな、ルルーシュ。色々…」

「ううん、気にしないで。カレンが上手になると私も嬉しい」

にっこりと花のように微笑まれて、カレンは一気に顔中を真っ赤にさせた。

…やっぱすげー可愛い…。

「…そういや、ルルーシュはバレンタイン何か作ったりしたのか?」

「うん、チョコブラウニー作ったの。フルーツのと、ナッツの入ったやつ」

楽しげに話すルルーシュに、カレンはそっかと呟いて、少しだけ残念そうな笑みを零した。





スザクは近頃、ルルーシュの居ないところで、傍目にも分かる程、真剣に悩んでいた。

ホワイトデーにルルーシュに何をあげればいいのか決めあぐねているのだ。

去年まではといえば、店でルルーシュが好きそうなお菓子を時間をかけて探し、納得する物が買えたら次に、目に止まった手頃な値段の物を大量に買っていた。

母親と、ルルーシュ以外にチョコをくれた人へのお礼の為だ。

しかし今年は母親から送られてはきたが、向こうは旅行中で定まった住所が無いし、他の女子からの物は全て断った。

なのでルルーシュの事だけ考えれば良かったのだが、今年はいつもとは違う事をしたいと思うと、なかなか良い案が浮かばない。

…お菓子じゃなくて形に残る物とか?

でもアクセサリーはクリスマスにあげたしなぁ…。

今度こそ指輪…!

…は無理だし…。

……やっぱデートに誘うのがいいかな…。

こういう誘いやすい機会ってなかなか無いし。

となると定番の遊園地か…?

…あ、それにしてもいつ言えばいいんだろう。

余り前々から言っておくのは避けたい。

しかし、一緒に住んでいるので、互いに大体の予定は把握出来ているが、もしかすると都合がつかないかも知れない。

…カレンにデートに誘われてたりなんかしないかな…。

今日の教室での風景が脳裏を過る。

…何であんな近くで、しかも人目を気にするみたいな喋り方…。

……いや、やめよう。

嫉妬は出来るだけしないように心掛けている(実践出来てるかどうかは別として)。


嫉妬じゃなくて、自分が努力すればいい。





駄目ならその時はその時という事で、スザクは前日の夜に誘う事にした。

ルルーシュが風呂から上がるのをリビングのソファーで待っていると、間もなく寝間着に着替えたルルーシュが出てきた。

「あ、寝間着、替えたんだ」

「うん、最近あったかくなってきたから」

はにかみながら告げるルルーシュが少し湿った髪を後ろに払うと、スザクは固まった。

…胸、透けてる…!

ルルーシュが寝る時にブラを着けない事をスザクが知ったのは、一緒に住み始めてすぐだった。

最近は冬用の厚い物で、赤面する程では無かったのだが、夏の間、寝間着のルルーシュを見掛けると、理性が飛びそうになる事はしょっちゅうだった。

…春、いいなぁ…。

「スザク?」

黙ったままのスザクを心配して、ルルーシュが声を掛ける。

「あぁ、ごめん。…あのさ、明日の夜、空いてる?よかったらさ、食事しに行かない?この前のお返しがしたくて」

「あ…空いてる!嬉しい…」

ぱぁっとルルーシュが顔を輝かせた。

つられてスザクも幸せな気分になる。

少し大人な振る舞いがしたくて結局レストランにしたけど、喜んでもらえたのかな。

「良かった。実はもう予約してあるんだ。ここ、フレンチなんだけど…」

そう言ってスザクはガイドブックのページを指差す。

ホワイトデーにディナーを食べに行こうと思えば、相当前から予約していなければならない。

「わ…、ここすごい高級な所じゃない?」

スザクの開くページを覗き込んだルルーシュが目を丸くする。

スザクは、湯上がりの為、ほんのり染まったルルーシュのうなじを見下ろし、溜め息を吐いた。

ルルーシュ、近いなぁ…。

しかもお風呂上がりって特に甘い香りがするんだよね…。

「まぁ、思い出になるかな、と思って」

「…明日、楽しみにしてるね」

ふわりと微笑んだルルーシュに、スザクは思わず胸を高鳴らせた。





スーツに着替え、スザクが家の前でそわそわと待っていると、隣の家からドレスに着替え終えたルルーシュが出てきた。

濃紺の布地は落ち着いた光沢を放ち、派手では無い程にふわりと斜めに巻き付いたようなスカートと、薄手のストールが、ルルーシュの気品を引き立てる。

耳元でキラキラと光を放つ、小振りだがエレガントなイヤリングも、ルルーシュによく似合っていた。

…大人っぽい…。

…流石、こういう格好も映えるな…。

「ルルーシュ…、凄く綺麗だ…。…あ、それ…」

思ったままを素直に口に出し、スザクは胸元に目を止め、見覚えのあるネックレスをルルーシュがしている事に気付く。

「ありがとう…。そう、スザクがくれたやつ…」

照れて笑うルルーシュに、スザクはまた、抱き締めたいような衝動に駆られた。






エスカレーターで上った最上階のレストランの床には、深い赤の絨毯が、そして天井にはシャンデリアの様な豪奢な照明が抑えられた明るさで煌めく。

「わぁ…きれい…」

案内された予約席は窓際で、街の夜景が一望出来た。

うっとりとルルーシュが呟くのを見、スザクも嬉しそうに応えた。

そんなスザクの笑顔をルルーシュはまたぼうっと見つめる。

…こんな素敵なところにスザクが誘ってくれるなんて、凄く嬉しいな…。

ドキンドキンとルルーシュは胸を高鳴らせる。

…なんだかスザク、大人の人みたい…。

最近は一層、成長した事を思い知らされる。

少し前まではそれが何か切ない事のように感じていたが、今ではより頼もしく思えるようになっていた。

「ルルーシュ?」

「スザク…スーツ格好いい…」

ルルーシュが思わずふにゃりと笑うと、スザクは顔を赤くした。



それから、運ばれてくる見た目にも鮮やかなコース料理の数々を堪能した。

家柄、和食の作法はこなせるものの、テーブルマナーには慣れないスザクだったが、無難には終える事が出来た。

…ルルーシュはやっぱお嬢様だし、完璧だな…。

「…ルルーシュ、まだ元気ある?」

デザートまで食べ終え、一息吐きながらスザクは訊ねる。

「?うん、大丈夫だよ」

「もし疲れてなかったらさ、帰りは歩いてゆっくり帰らない?」

行きはタクシーで来たが、実は徒歩でもそうかからない距離にこのレストランはあるのだ。

「うん、そうするっ」


レジまで行く途中、ルルーシュはスザクの一歩後ろで改めて周りを見渡し、カップルばかりな事に気付いた。

…前にもこんな事があったな…。

そして密かに笑みを零した。



店を出ると、外の空気は少し肌寒い。

薄着のルルーシュは特にそう感じた。

「寒くない?」

が、すぐにスザクのジャケットを肩に掛けられる。

「あ…ありがとう…」


…ほんとに、優しいなぁ…。

スザクの体温と香りが残るジャケットの中で、ルルーシュは思う。

「スザク、料理すごく美味しかったね」

「うん。喜んでもらえて良かった」

…それにとっても楽しかった。

…こうやって、スザクと一つずつ思い出を積み重ねていけるって、すごく幸せな事だなぁ…。

「…今日ね、誘ってくれてありがとう。本当に嬉しかった…」

ルルーシュはスザクの袖口をほんの少しだけ引っ張って告げる。

スザクはドキリとして、それから少し困ったような、しかしこの上なく幸せそうな笑みを浮かべた。

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