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「うそ…」

スザクは携帯の画面を見つめて固まった。

よく考えれば別に驚くような事でもない。

しかし、余りに唐突で。

ただ驚く事だけしか出来なかった。





「スザクーご飯出来たよ」

ルルーシュに呼ばれてスザクは食卓につく。

「美味しい」

肉じゃがを頬張って、顔を綻ばせた。

ルルーシュもつられて微笑む。

が、会話はそこで途切れた。

「………」

「………」

二人で暮らし始めてから、かつてない程の静けさだ。

…あぁ、やっぱりルルーシュも。

スザクがふとこの沈黙に気付いた時、ルルーシュは未だ考え事をしている最中なのを見て、スザクは確信した。

「…ルルーシュも聞いたんだ?」

「へっ?あっ、うん…。なんか突然でびっくりしちゃうよね…」

ルルーシュは少し笑顔を作った。


二人の元に届いたのは、それぞれの親からのメールだった。

今週末に帰国するという。

「まぁ行く時も急だったしね…」

それにしても唐突過ぎはしまいか。

スザクは、ルルーシュと二人きりのこの生活が後数日しか無いと考えると、改めて寂しさが込み上げた。

そうは言うものの、これから一生会えなくなる訳でもなく、ただ隣同士の家に帰るだけの話だ。

だからこそ、何も言えない。

寂しいとも離れたくないとも言えない。

本当にただの友達同士であれば、また何か言えたのかも知れないが。

…もどかしい。

自分はこの生活でルルーシュとの距離を縮める事は出来たのだろうか。

…縮まったとは思う。

でも結局最後の一歩がどうしても踏み出せなかった。

…ルルーシュと気まずい関係になる位なら、友達のままでいた方がましかも知れないから。

どんな形に甘んじてでも、ルルーシュとの絆を壊したくはなかった。

「…スザク、あのね、明日何食べたい?」

「明日?」

突然の質問に、スザクは首を傾げる。

「最後だし、週末までせっかくだからスザクの食べたいもの作ろうと思って」

いっそ可憐と表現出来るような笑顔でルルーシュは告げる。

「ルルーシュ…」

近頃、ルルーシュを抱き締めたくなる衝動は、最早抑え難くなり始めている事を、スザク自身も気付いていた。





週末から再び生活出来るようにと、それからルルーシュはよく自宅へ掃除をしに行くようになった。

スザクの手伝うという申し出は、例によって遠慮された。

最後だというのになかなか家に居てくれないのが寂しい。

ベッドに仰向けに転がった。

なんだかんだしている内に、親の帰国する日は遂に明日まで迫った。

思い返すと長いようでとても短い。

最初は一つ屋根の下にいるというだけで緊張して。

それからだんだんと普通じゃ出来ない位の沢山の思い出を経験して。

こんな機会滅多にないから、夜這いに行こうかと迷った日も何度もあった。

…でも結局しなかった。

寧ろ褒めて欲しい位だ。

こんな状況での我慢など、半端な精神力ではない。

無意識ではあろうが、ルルーシュは事あるごとにスザクを誘う。

…でも気持ちを確かめもせずに身体を奪うのは本意じゃない。

それこそ永久にルルーシュの心を失ってしまうかも知れない。

何もしなかった事に後悔が無いと言えば嘘になる。

…俺だって男だ。

しかし、そんな事をすればその何倍も後悔する。

…心は前より近くなったって思うし。


そう、俺がまず欲しいのは、ルルーシュの心だ。


…言ってしまおうか。





「…そろそろ行こうか」

徐に提案したスザクに、ルルーシュは小さな笑みで以て頷いた。

これから母親を迎えに空港へ向かう。

メールで、迎えに来いとハイテンションに頼まれたのだ。

ルルーシュは二人きりの最後の時間を大切に感じながら過ごした。

…お母さんが帰ってくるのに、こんなに寂しいなんて…。

「…スザク、いろいろ本当にありがとね。お世話になりました」

バスの後部座席で、隣に座るスザクに、しんみりしないようにと、少し冗談めかして告げる。

「や、そんな俺こそ…。ご飯凄く美味しかったし…」

ううん、とルルーシュは首を振った。

「私ね…スザクに、たくさん感謝したいの。今まですごく楽しかったから…」

やだ…こんな事で涙が出そうなんて…っ。

「ルルーシュ…」

ふいと顔を背けたルルーシュに、スザクは無意識に手を伸ばしかける。

…あぁやっぱり嫌だ。

隣の家だって言ったって、離れる事には変わりないじゃないか。

…俺は心のどこかでこの生活がずっと続くって思ってたのかも…。

甘えてたんだ。

分かってたつもりでいたけど、全然分かっなかった。

今頃になってこんなに思い知らされるなんて。


少しの沈黙の後、ルルーシュはスザクの肩にそっと頭を預ける。

スザクは切ない気持ちでいっぱいになった。





「なんか空港って久し振り…」

騒つく空間に、アナウンスが遠くに聞こえる。

「空港にいるとどこかに旅行したくなっちゃうね」

血は争えないのだろうか。

ルルーシュはくすりと笑いながらスザクを見上げる。

「…じゃあどこか行っちゃおうか」

その言葉にルルーシュが答える前に、スザクは、なんてねと付け足した。

ルルーシュは何故か胸がきゅっと締め付けられた。

「行きたい…。スザク、私旅行行きたい…っ」

何故か泣きそうになりながらもスザクの瞳を見つめた。

スザクは思わずルルーシュの手を掴んだ。

「ルルーシュ…っ!」

「スザクっ、あのね…っ」

二人の声が重なった。

そのまま少しの沈黙が流れる。

と、その時ルルーシュの携帯がメールの着信を伝える。

「あ、いいよ…」

スザクはルルーシュから手を離し、ルルーシュはおずおずと携帯を開く。

「………え…?」

ディスプレイを見つめるルルーシュの表情が固まる。

それを不思議に思っていると、スザクの携帯も震え出した。

そして新着メールを三度読み返してスザクもまた固まった。

二人は顔を見合わせると、拍子抜けとも安堵とも取れない溜め息を吐く。

「行き忘れた場所って…」

「買い忘れた物って…」

そんな理由であの母親達はまだ旅行を延長するのか、人をどれだけ振り回したと思っているのかと、詰め寄る気力ももう無い。


「…帰ろっか」

「うんっ」


しかしながら、彼女達には悪いが、良かったと思わずにはいられない。

二人は心の中で、誰にともなく感謝した。

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