+忘却のマリア+
□第9話 嫉妬と悪夢
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コンコン
ノックの音がシフォンを現実へ引き戻す。
いつの間にか眠っていたようで、窓の外はもうすっかり暗くなっていた。
(……こんな時間に、……ソラヒメ?)
寝ぼけ眼を擦りながらドアを開ければ、そこにいたのは親友のティシーだった。
第9話 嫉妬と悪夢
「ティシーですか……」
「ソラヒメじゃなくてすみません〜」
明らかに落胆しているシフォンにティシーは悪戯気に言う。
「別に! ……ソラヒメを待ってたわけじゃありません」
「顔に書いてありますよ、『ソラヒメじゃなくて残念』って」
「……!」
ティシーの指摘に慌てて顔を両手で覆うが、その反応が図星だと語っていた。
自分のヨミが当たっていた事と、素直なシフォンの反応にティシーから笑みが零れる。
「……ソラヒメなら来ませんよ」
「どうしてです? あっ! 仲直りして帰ったところですか?」
「……」
「シフォン……?」
微妙な空気にティシーは「まさか……」と思う。
またしても、ティシーのヨミどおりであった。
「……来るには来ましたが、……追い返しました」
「はあっ!?」
思わず大きな声が漏れた口を塞ぎながら視線をやれば、いまだにご立腹なのか、シフォンは剥れた顔をしている。
(これじゃあ、どっちが年上かわからないわね……)
「エリザベスに泣き付いてる姿が目に浮かびます……」
「ぅ……」
シフォンもその姿が簡単に想像できたのであろう、言葉を詰まらせた。
そして、もちろん当のソラヒメは2人の想像通りに意気消沈してエリザベスに縋り付いていた。
「確かに、ソラヒメはエリザベスに引っ付きすぎですけど、でも、あの子はシフォンを選んだんですし……」
「……わかってます。……でも、」
「……?」
(わかってる。わかってるけど……、でも、不安なの……。本当は……)
「時々思うんです。……本当は、あの子は私じゃなくてエリザベスの事が好きなんじゃないのか、って……。あの子が気付いていないだけで……」
「シフォン……」
珍しく零れたシフォンの弱音にティシーは何も言えなかった。
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「落ち着きましたか?」
エリザベスにしがみ付いていたソラヒメがようやく顔を上げた。
「コクン」と無言で頷く。
「あなたはいつから口が無くなったんです?」
そんなソラヒメに溜息を付きながら、エリザベスは彼女の頬を引っ張る。
「……痛い」
「口が利けるのですからちゃんと話しなさい」
緩慢な動作で赤くなった頬を撫でる。
「少しは何か食べなさい」
「……いらない」
「ソラヒメ」
エリザベスが夕食を差し出してもソラヒメはいらないの一点張りで、再びエリザベスの胸に顔を埋めてしまう。
「もう……」
「甘いな」と思いながらも、しがみ付いてくるソラヒメを邪険に扱うことが出来ずにまたポンポンと背中を撫でてやる。
「どうしちゃったの? アレ」
いまいち状況が理解できていないアーネットが一見ラブラブな2人を指差す。
「シフォンに門前払いを喰らったらしい」
「それからずっとあの調子だ」
「へ〜、シフォンも大人気ないわね〜」
クレオ、イングリッドの説明に納得する。
「ソラヒメもソラヒメよ。もう3時間はあのままよ」
「3時間も!?」
アティアの言葉に驚きながらも呆れてしまう。
「まあ、シフォンバカだから仕方ないわね〜」
軽口を叩いても普段は即座に反論してくるのに、ソレが無いと何となく寂しいモノを感じてしまう。
「なんか調子狂うわね、あの子が静かだと……」
「確かに……」
「言えてる」
とはいえ、こればっかりは当人同士の問題な為、迂闊に口を挟めない先輩方は暖かく見護る事しか出来なかった。
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