+エルピスの鍵+
□第1話 ケンカはダメよ
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「ああ〜っ!! シフォン先輩〜!!」
「あら、ナツノ。走ると危ないですよ」
廊下で生徒会長のシフォン=フェアチャイルドを発見した彼女ーナツノ=ステイシアーは満面の笑みを浮かべて駆け出した。
「大丈……、うきゃあっ!?」
ベチャッ!
「だから言いましたのに」
「うわ〜ん!! 痛いよ〜!!」
シフォンの忠告もむなしく、ナツノはいつも通り何もない所で派手にすっ転んだ。
第1話 ケンカはダメよ
「大丈夫ですか? ナツノ」
「ひっく! うっく……! ……大丈夫じゃない〜」
「困りましたわね」
派手に転んだわりにはひざ小僧を擦りむいただけですんだのだが、ナツノに泣き止む気配はない。
(エリザベスさんを呼んで来ようかしら……)
「痛いの、痛いの、飛んでけ〜!」
シフォンがどうしようかと思案していると、1人の少年ーアオイ=カズヤーがナツノの前にしゃがみ込んだ。
「飛んでくの……?」
「そうだよ。痛いの、痛いの、飛んでけ〜!」
「すご〜い! 飛んでったよ〜!」
「飛んでけ〜」が珍しかったのか、夢中で魅入っていると、何時の間にか痛みを忘れてしまった。
「シフォン先輩! 痛くなくなったよ〜!」
「よかったですわね」
「うん! ……えっと、誰だっけ?」
シフォンに満面の笑みを向けるが、隣の少年に見覚えのないナツノは首をかしげる。
「編入生のアオイ=カズヤくんですわ」
ナツノの疑問にシフォンが答える。
「ナツノはね、ナツノ=ステイシアだよ! ヨロシクね〜!」
「うん、よろしく。ナツノちゃん」
ニコニコと楽しそうな2人だが、その様子にシフォンは密かに溜息を付く。
(『ナツノちゃん』って……。エリザベスさんが聞いたらただじゃすまないでしょうね)
意外にも嫉妬深く、独占欲の強いナツノのパートナーーエリザベス=メイブリーーの姿を思い浮かべると、彼女に聞かれる前に呼び方を改めさせなければいけないと強く思うシフォンだった。
ドドンッ!!
ガラガラ……
「あっ! サテラだ〜!」
突然凄まじい音がしたかと思うと、ナツノ達の向かいの校舎の壁に穴が空く。
途端に周りにいた生徒達は我先にと逃げ出した。
そこにいたのは、接触禁止の女王ーサテライザー=エル=ブリジットーであった。
「た、大変、コレは本当にキレたみたい」
「……」
その様子をこっそりと覗き見ているシフォンにならい、ナツノもちょこんと隣から外の様子を覗く。
「無理もないですよね。敗北だけならともかく、顔に傷までつけられては……!」
「……!?」
「サテラ、ガネッサに負けちゃったの〜?」
「そうですわよ」
サテライザーの痛々しい姿にナツノは顔を曇らせる。
「脅しも程々にするですわ。サテライザー=エル=ブリジット」
サテライザーが冷たい視線を向けた先には、現学年1位の束縛の天使ーガネッサ=ローランドーが余裕の笑みを浮かべていた。
「見苦しいですわよ……。負け犬の分際で、腹癒せで暴れるザマは。大人しく手当でもしていればいいものを、今更なんの真似です?」
「ガネッサだ〜」
「女は顔が命です。知らないのですか?」
「ガネッサ……、ローランド……」
2人の間に火花が散る。
「ガネッサ〜! ……あれ?」
「お〜い」と手を振るがガネッサは気付かない。
「む〜っ!」
そのことにナツノは頬を膨らませる。
だが、ここでやっと2人の険悪な空気に気が付いたのか首を傾げる。
「ねえ、ねえ、シフォン先輩。あの2人、ケンカしてるの?」
「ええ、そうなるでしょうね」
「もう! ケンカはダメっていつも言ってるのに〜!」
ケンカの嫌いなナツノは再び頬を膨らませる。
「ナツノ、「ダメ」って言ってく……、うにゃあ!?」
「ナツノ!?」
サテライザーと、ガネッサの戦闘の影響だろう、窓枠に足をかけようとしたナツノを激しい爆風が襲う。
ひっくり返りそうになったナツノを慌ててシフォンが抱きとめる。
「大丈夫ですか? ナツノ」
「シフォン先輩……」
怖かったのだろう、ナツノは震える手でシフォンにしがみつく。
「もう大丈夫ですよ」
「ナツノ、ケンカは嫌い。仲良しが好きなの……!」
「そうですわね」
ポンポンとナツノの背を撫で、あやす。
「もう終わりましたから、……ローランドさんには可哀想ですけど……」
「えっ……? ガネッサ……?」
恐る恐るナツノが振り向けば、そこには崩れ落ちたガネッサを冷たい眼差しで見下ろすサテライザーの姿があった。
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