てきすと4巻。
□Stay behind
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だれもいないグラウンドにいった。
寒いなと思っていたら、いつのまにか雪が降りだしていた。
見上げる空とおなじいろみたいなちいさな雪片が、
くるくる、
風に乗って舞い落ちてくる。
切れ目のないその降りかたに目が離せなくなって、ずっと見つめていたら、
なんだかどこかに吸い込まれていきそうな気がした。
どこか、ここじゃない場所。
きっと誰もいないどこかへ……。
ふと、それもいいかな、と思った。
夏は終わってしまって、このマウンドに立つことはもう二度となくなった。
思い出以外のもので、あとにはいったいなにが残るんだろう。
この時間の先にいったいなにが……。
風が吹いているはずなのに、耳には雪の降る音だけしか聞こえない。
しんしん。
しんしん。
うるさいくらいの静寂は、
最後の舞台のうえで聴いた歓声に似ている。
そういえば、肌を刺す痛みも、あの暑い日に小高いマウンドで受けた日刺しとおなじかもしれなかった。
しんしんと降りやまない雪は、あっというまにマウンドを、グラウンドを、世界を、
そうして取り残されたオレをまっしろに塗り込めていく。
ここじゃない場所に行けないのなら、このままここに。
ずっとここに。
はじめてあたえられたオレの居場所にこのままずっといられたなら……。
そのとき、音のない風に舞い踊る雪が閉ざしている視界に、とおく黒い点が見えた気がした。
だんだんとおおきくなっていくそれは、
傘をさした阿部君の姿になっていた。
まっしろでしかなかった世界に、阿部君のさしている傘と、阿部君のうしろに点々と続いているひとすじの足跡が、くろく輝く。
阿部君のふたつの瞳が、くろく輝く。
雪のしろさのなかで、それはまるでいちばん星みたいなあかるさだった。
その星のかがやきをたたえた瞳が、無言で、じっとオレを見つめていた。
オレが、どこかここじゃない場所に行きたいと願ったのは、
ずっとこの場所に居続けたいと願ってしまったのは……。
そっと左手が差し出された。
オレはほんのすこしだけためらって、
それから阿部君の左手に右手をかさねた。
そのまま、穢れのないまっしろな雪のうえを歩いた。
阿部君と手をつないで歩いた。
しんしんと、雪の降る音しかしないと思っていた世界に、
「手、すげぇ冷たくなってんじゃん」、
音がうまれた。
オレも「うん、」と声に出してこたえていた。
オレと阿部君のうしろには、
くろいふたつの足跡がどこまでも続いていた。