てきすと2巻。

□この世の果て
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胸の中に、ずっと消えない想いがある。


ある人は、『それは、おまえが消そうとしないからだよ』と言った。
けれど、最初に、この想いが芽生えたとき、
その時そこに自分の意志が存在したのかと、そんな疑問がよぎった。
自分の意志が介在せず誕生したものに対して、
消えろという、己の意図が通じるとは、とても思えない。
そうして現に今も変わらず、その想いは生き続けている。


また、ある人は、こうも言った、『それは不毛な行為よ』と。
そう言われたとき、三橋は『不毛』と、ちいさく繰り返してみた。
すると、『そうよ、だから今、あなたの目の前にいる私を見て』
そうすれば、いつかきっと満足するわ、
そんな風に訴えているようなギラギラと輝く瞳を細めて笑った。
自分に対する絶対の自信から出る、
その言葉をすこしだけうらやましいと思った。
けれど、あると知っているものから目を逸らして、
消えたふり、無くなったふりをするほうが余程、不毛な行為ではないのかと思う。
翻って、もし自分の心を開いた相手が、
そんな風に奥底の想いに蓋をして、
それをないものであるかのように取り繕っていたとしたら。
そう考えると、それはもう不毛などではなく、ただの裏切りであり、
これ以上ない残酷な仕打ちのようにも思えた。


そうして、『人は、ひとりでは生きていけないんだぞ』と諭してくれる人もいた。
確かに、ひとりきりで生きているなんて考えることは、
ずいぶん傲慢なことだと三橋も思う。
実際、こうやって三橋の胸に抱え込んだ想いの重さを心配してくれる、
この人たちなしで自分が今まで生きてきたとは思わないし、
これからも彼らなしでは生きていけるとは思えない。
けれど、この想いを抱えて生きていくことが、
“独りで生きていく”ことと同義ではないはずだ。
他人の心は誰にも分かりはしない。
そう言い切ることは簡単だろうし、実際、三橋にも分からない。
けれど三橋には、自分ではない、人の心を確かに感じたことがあった。
触れあうように、寄り添うように、
互いの心が共鳴した瞬間を知っている。
それを忘れないことが孤独に繋がるとは、どうしても思えない。
損なわれることのないこの記憶は、
今も自分をこんなにも満たしているのだから。


けれど、慈しむようなまなざしと共に、ふいに落とされた、
『それは、心変わりとは言わないよ』という言葉が胸に沁みてしまった。

どこかで、今も自分と同じように生活をして、
でも、もう自分とはちがう気持ちで、
すべては過去になったのだと水に流すように、
三橋のことも、
ふたりの思い出も、
しまわれるべき場所が変わり、
そうして、いつか、その場所すら自然に思い出すことがなくなってゆく、
それを望むそのひとのことを赦せないとは露ほども思えなかった。
だから、きっと自分もおなじく、
そうやって次第しだいに過ぎゆく時間とともに彼のことを忘れていくことは、
心変わりではないと信じられた。

けれど、それでも・・・。

三橋は想い続ける、
忘れることなど出来ないだろう。
愛し、愛されたあの日々と、
そして、それを共有した阿部のことをずっと抱えて生きてゆく。

行き着く先が、この世の果て、
それが人々の言う孤独の最果てであろうとも、
三橋は迷わず、
そこへ向かってまっすぐに歩いてゆく。
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