てきすと3巻。
□ウメダの午前二時。
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初めての甲子園、すごくすごく興奮した。
ホントに特別な場所なんだって、肌で感じた。
フェンスの向こう側、
あそこのマウンドにゼッタイ立ちたいと、つよく思った。
試合観戦のあと、監督が借りてくれてたグラウンドでする練習には、いつも以上に気合いが入った。
みんなも、おんなじように見えた。
大阪で一泊することになっていたホテルは、阿部君といっしょの部屋で、
そこで秋大を阿部君の復帰戦にしようって約束した。
晩ご飯を食べて部屋に戻ると、歯を磨いてすぐにベッドに入った。
明かりを消すと、あっという間に眠りに落ちてしまった。
ふと目が覚めた。
ベッドの横を見たら、デジタルの緑色の数字がAM2:00に光っていた。
カーテンを閉めた部屋の中は真っ暗だった。
一度目が覚めたら、自分の部屋とはちがう天井とか広さとかにおいとか、
そんなのが急に感じられて、すぐには二度目の眠りは来てくれなかった。
隣の阿部君の様子を窺ってみると、すう、すうと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
阿部君はまだ足を思うように動かせないから、今日の移動も誰よりも疲れたのかもしれない。
その規則正しい阿部君の寝息を聞いてたら、甲子園で思ったことをまた思い出した。
夏の大会、負けてしまった美丞との試合。
三星で、負け試合をたくさん作ったオレだけど、
オレのせいで負けた試合ばかりだったけど、
負けることに慣れたわけじゃない。
いつも悔しかった。
だから、あの試合のあとだって、とても悔しかった。
だけど今日、甲子園のグラウンドを見てたら、悔しさよりも、
ひとつひとつ勝ち続けていく、
その重さ、大切さの方が身に沁みてしまった。
いっこでも負けたら、ここへはたどり着けない。
そう実感した。
阿部君の構えるミットに投げるのは、どうしても他の捕手とはちがうって感じてしまう。
オレの気持ちをあれだけ分かってくれる田島君でさえ、やっぱり何かがちがう。
本当は、勝ち続けるためには、オレには阿部君が必要だって今も変わらず思ってる。
でも、甲子園を、夢の場所で終わらせないためには、
阿部君が、
みんなが、
無理をしない最高の状態で試合に臨むことがイチバンのはずだ。
ふいに、春に阿部君がオレに約束してくれたことを思い出した。
『三年間、怪我も病気もしない』
それは、投球に自信のないオレを励ますために無理矢理させてしまった約束だった。
でも今、あの約束は、本当に甲子園を目指していくために、
意味を変えて誓う必要があるという気がした。
深い眠りに入ってる阿部君を起こしてしまわないように、静かにベッドを抜け出した。
そっとカーテンをめくってみると、阿部君とふたりで見たときよりは数が減ったようだけど、
それでも最初に、まるで群馬で見た天の川みたいだと思ったとおり、
街の明かりは星のようにきらきらと瞬いていた。
七夕は天の星ぼしに願いをかけるけど、オレは地上に現れたこの星の川に誓おうと思った。
まだまだオレはダメなピッチャーだけど、絶対に勝利を諦めたりしない。
榛名さんみたいなスゴい筋肉を持つことは出来ないかもしれないけど、
それに変わる武器を見つけて身につける。
オレひとりだけでは足りないことは、みんなに助けてもらう。
今もまだ残ってるんだ、
肩に、首に回された阿部君の腕の重さが。
何かを言いたいのに、口にしなかった阿部君のためらう気配が。
うー、と、かすかな声とシーツをこする衣擦れの音が背中から聞こえた。
振り返って見たけど、阿部君に目覚める様子はなかった。
ほっとしながら、また音を立てないように静かにベッドに戻る。
暗闇に慣れた目に、すこしだけ体を動かした阿部君の寝顔が映った。
ちょっとだけ、ほころんだような表情に見えた。
何か楽しい夢を見ているのかもしれない。
ねえ阿部君、
きっと今度こそ、マウンドの上で勝利の抱擁をしよう。
そうして叶うなら、おなじ夢の中でキャッチボールをしようね。