空を仰げば、薄く伸ばした群青色。

折り重なった雲が月を覆って、朧気に輝いている。

漆黒の長布から透いて見える世界は、酷く、ぼんやりしていた。

けれど広がる視界は暗視の術を使わなくてもよいほど、明るいのだ。

灯籠に火を燈したように、揺らめいている。




「・・・今夜は月明かりというより、雪明りって感じだなぁ」




ぼそりと呟けば、ゆらりゆれる白い息。

風に吹かれ、静かに消えるそれは、まるで今宵の姿そのもの。

しんしん。深々。ひらりひらり、舞って吹雪いて、花のように。

真白の花が降って、地面を隠して、積もっていく。

彼が外に出たときは、確かに降っていた、幾度目かの雪。

何日も掛けて降り積もり、少し融けては、再び降ってくる。

そうして出来上がった、雪の光。

辺りを白で染めて、おぼろおぼろに浮かび上がる。




「―――寒、」




ふるり。

寒さに身体を震わせる。




「寒いのは何時までも其処に突っ立っているからだ。早く帰るぞ―――風邪を引く」




声音は氷のように冷たいのに、言葉は気遣うように甘くて暖かい。

振り返れば、常備しているかのような眉間の皺が見える。思わず、苦笑する。




「ん、もうすこし」

「何がもう少しだ。風邪を引いてからでは遅いのだぞ」

「んー、だってほら、・・・あぁ、降ってきた」




待ちわびていたように頬を緩めて微笑う彼に、宮毘羅は呆れに似た溜息を吐いた。重さを物語るように真っ白な息を。

降る前に帰りたかったのに―――そんな思いに気づいてはいたものの、敢えて今は、気づかぬ振りをする。

後で、ふたりで、一緒に、思いっきり走って、帰ろう。

そうしたら寒くないし、きっときっと寂しくない。




「・・・雪を見たいなら邸の中から見ればいいだろう」

「ん〜それも好きだけど、こうして見上げてみるとまた違うんだよ」




ふってくるんだ、そらから。

それから何を言っても彼の耳に届かず、結局口を噤んでしまった。

ぼぅっと空を仰いで、舞い散る雪を眺めている。

肩や髪に淡くつもっても気にもしない彼に、遂に痺れを切らした宮毘羅が口を開いた。




「・・・雪がさぁ、降ってくるんだよ」




不意に、宮毘羅よりも早く彼が言葉を発した。

相も変わらず顔は空へ向けたまま、彼は続ける。




「結晶は触れてしまったらすぐ融けてしまうけど、融ける暇なく降ったら積もってしまう。寒いし冷たいし、雪かきするのは大変だし、大雪になったらもっと大変だし」




滔々と紡ぐ言葉は、誰に向けているのかわからない。

けれど声は響く。積もる雪に吸い込まれていく。

表情は無表情。声質も、どこかひやりとした冷たさを帯びて。

なのにどうしてか―――その後に降って来るのは微笑で。




「でもだからこそ、あんなにも春を、暖かいって、感じるんだよなぁ」




寒かったから。冷たかったから。だから、春がくると、より一層暖かいと思わせてくれる。

冬がなければ、雪がなかったら、あんなにも春の日差しを待ち侘びることはなかっただろう。




「・・・まぁ俺は、雪合戦もかまくらも雪兎も雪だるまも雪見も―――こうして降り始める六花を見るのも好きだけどね」




寒いが故に頬を紅く染めて、ふわふわと彼が喋る度に漂う真白な吐息も。

いつかは、いずれは、そう遠くない先に、暖かい太陽の日差しの中で笑う彼へと移り行くのだろう。





深々、しんしん。静かに静かに、静寂の中、降り積もる雪景色。

春の訪れを、冬の季節を感じながら、緩やかに待っている。




「・・・帰るぞ」

「んーあとちょっと」




微動だにしない彼に、再び宮毘羅は嘆息した。

そしておもむろに、彼を覆う長布を剥ぎ取った。




「っ、」




音を立てて、漆黒が宙に舞う。

驚愕を露わにした顔がようやく、はっきりと飛び込んでくる。

驚いた表情のまま、彼は宮毘羅を仰いだ。




「―――蒼樹、ゆきだ」

「え」




言われるまま宙を仰ぐ。

長布に積もっていた雪が、きらきらと煌いてゆっくりと空を舞った。

いくつかの結晶が、頬に触れて、融けた。




「雪合戦もかまくらも雪兎も雪だるまも雪見も―――明日、全部全部、皆でやればいい」




一緒に。

ひとりでできるものもあるけれど、皆でやれば、もっともっと楽しい。

嗚呼、だから。

視界を覆うのは、彼らの前だけにして、自分達の前ではそうやって笑って驚いて怒って泣いて、全部全部見せてくれればいい。




「帰るぞ、蒼樹。みんな、お前が帰ってくるのを待ってる」




雪明り、ぼんやりとした幻想世界で、宮毘羅はそっと微笑を称えた。








そらからふる
(真白な花)(さむくてもつめたくても、皆がいればきっと大丈夫)



***************
衝動書き。

仕事への行きと帰り道に降ってくる雪を見て、唐突に。

見切り発車で、到着地を見失ってしまったという・・・!いつものことですな。

本当は、雪の精霊?雪ん子?でもだそうかと思ってました。
だから蒼樹が雪のことを云々と語っていたわけです。
散々不便さを語ったあとに、それでも俺は雪が好きだなぁって精霊に伝えるつもりでした。
なのに何故か、宮毘羅が笑って終わりってことに。
なんか、微妙な終わりになったというか何が言いたかったんだっていう・・・ね?

まぁ、雪の話が書けてよかった。(いいのか?)

ちなみに、翌日みんなで遊ぼうと外に出たら、瑠璃様がいて、色々色々準備万端で雪遊びができます。
絶好の遊べる場所を探して、風邪引かないように暖かい休憩所を用意して満面の笑顔でお迎えに来てます。
安倍家対策もバッチリです。(笑)


久しぶりの更新がこれですみません。


以上でっす



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