ミルクレープ
□花束
1ページ/2ページ
けっこん【結婚】
男女が夫婦になること。婚姻。
辞書
「あーもーどーすりゃいいんだよー」
はあ、と盛大な溜息とともにデスクに突っ伏した。
切原赤也(24)
現在は中小企業勤務。プロテニスプレーとしてもマルチに活動中で、実力、成績ともにトップレベル。
ガチャッ
突然。扉の開く音に頭だけ動かしてみると、呆れたような顔が見えた
「おい、なに唸ってんだよ切原。隣のブースまで聞こえてきたぞ?」
「あ、先輩。お疲れっす」
「お疲れっすじゃなくて…はあ、どうした。悩み事か?」
「…まあ」
「ははーん、さてはこの前プロポーズしたっていう例の彼女のことだろ?!」
「ちょ、声でかいっすよ!!…当たってますけど」
だろだろ?と得意げに言う先輩にむしょうに腹が立ったがこの際気にしている場合ではない。
またデスクでウンウン唸るも、まったく解決の糸口が見えてこない。
そもそも、悩みの中心となっている人物が今はいないので、どうともできないが
「なんだよ、不満なのか?彼女が」
「ンなわけねえっす!!これからずっと一緒にいられるなんて…むしろ幸せこの上ない!!」
「へーへーそーか」
のろけに若干嫌気がさしたがそこでふと
「んじゃ何で悩んでんだよ…?10年間付き合って、やっとのことでOKしてもらえて、これから明るい未来が待ってるじゃないか」
「……明るい、未来」
その言葉に、またデスクに沈んだ
「まったく、こういう問題は2人で解決するもんだ…まあ、俺からは二人で良く話し合え、しか言えないな」
そういうと、赤也の背中を軽く叩いて自分の仕事に戻って行った
「…」
「桜乃ー」
一人でにつぶやかれた言葉。赤也の脳裏に温かく微笑む一人の女性が映っていた
*
切原と書かれた表札えお一瞥して、赤也はガラリと玄関を跨いだ
「ただいまー」
するとすぐキッチンからパタパタとスリッパを鳴らす音が聞こえてきた
「おかえりなさい、今日は早かったんですね」
言いながら赤也のカバンを受け取り、にっこりと嬉しそうに微笑む。
黒水晶のように澄んだ大きな瞳、セミロングの髪を左サイドに結わえ、薄く化粧を施したこの女性こそ赤也の悩みの中心であった、名を桜乃という。
「ああ、先輩がもう上がっていいって言ってくれてさ」
「そうだったんですか」
また、嬉しそうに微笑んだ桜乃の頬に手を添えて軽くキスを。
「あああ赤也さ…」
「なーに赤くなってんだよ」
(くそーめちゃくちゃ可愛い!!)
同棲を始めて1年。当初から赤也は帰ると桜乃にキスを贈り続けてきた。日常的に繰り返されてきたその行為に桜乃は今になっても慣れることはなかったがそれによって、そのたびに頬を染める桜乃の姿が赤也にとっても当たり前となっている。
勿論、桜乃も嫌がっているわけではないのだが、元来の彼女の性格からだろう。
「あ、そうでした。赤也さん」
いまだに頬を染め、身長差から自然と上目づかいの桜乃に理性を試される
(耐えろ、俺!!)
ココは玄関ココは玄関ココは玄関…
「お夕飯出来てますよ、あとお風呂も沸いてます」
「え…」
(こ、これは世に言う『ご飯にする?お風呂にする?それとも…』なーんて言う展開…)
「赤也さん?…どうかしました?」
(なわけねーよな!、いや、わかってたよ?!)
「ああ、何でもないぜ…ははっ」
「?」
「うーん、じゃあ飯!せっかく桜乃が作ってくれたんだ、冷めないうちに食わないとな」
「ふふっ、はい」
*
「お、うまそー。今日は肉じゃがか!」
「はい、実家から丁度野菜が届いていてお肉も特売だったんですよ!!」
嬉しそうに言った桜乃に赤也もまた笑みを浮かべる
「そんじゃ、いただきま−す」
「どうぞ、召し上がれ」
「んー、うまい!」
「よかった、ちょっと煮すぎちゃったかと思ったんですけど…」
「んなことねーよ!これくらいが丁度いいって」
「ありがとうございます」
照れたように笑って、箸を進める。
そんな様子をみて、また笑って俺も箸を進める。
当たり前のようになった日常。
嬉しい。
楽しい。
ずっと… ずっと…
『二人で良く話し合え』
「なあ、桜乃…?」
「?、はい」
赤也の真剣なまなざしを受け、反射的に桜乃は箸を置いて姿勢を正す
それに習い、赤也も桜乃に向き合った
「…ひとつ、聞いてもいいか?」
「はい、何でしょう?」
「…」
開いた口を開けまた閉じ、開ける。同じ動作を四度ほど繰り返した後、意を決したように
「あの、さ。桜乃は俺で本当によかったのか?」
「え…?」
「…おれ、情けないけどちょっと不安なんだ。あ!桜乃を幸せにできるかとか、そんなんじゃないからな!?一生大事にするし、絶対幸せにする!!!…ただ、お前に俺が相応しいのかって…ほら、お前越前とかうちの部長とか「赤也さん」
「赤也さん」
「…ワリい、こんなこと言って…何してんだろうな、俺」
二度目の呼びかけにようやく落ち着きを取り戻した。バツが悪そうに視線を落とす。
「よかった」
「桜乃?」
静かに告げられた言葉にそっと顔をあげる
「不安なの…私だけじゃなかった」
「え、?」
「知ってましたか?私赤也さん以上に人見知りで、小心者で、運動音痴で方向音痴で…
誰より、あなたを好きなこと」
知ってましたか?
「桜乃…」
なんだ、そうか。
俺だけじゃない…桜乃だって、不安だった。
ホント、情けねー。
そうして、ふっと笑って。
いつもの意地悪で、どこか温かいあなたの笑顔
「知ってたか?俺、桜乃以上に喧嘩っ早くて、頭悪くて態度悪くて…誰より桜乃が好きで、離したくなくて離れたくなくて今すぐにでも思いっきり抱きしめたいって思ってどうしようもないこと」
知らなかっただろ?
「…最後のは知らなかったです」
「抱きしめてもいい?」
「…はい」
きゅっ
「あー落ち着く。桜乃だ」
「ふふ、くすぐったいです」
少しだけ体を離して、視線を合わせる。
どちらからともなく口づけを交わし、桜乃がほほ笑む。
赤也はもう一度強く桜乃を抱きしめる。存在を確かめるように…
「桜乃、もう一度言わせてくれ」
「俺と、結婚してくないか」
「はい」
下手な言葉なんていらない。
お互いに不安を抱えて、悩んで。
同じだった。
これから同じ未来を歩み、立ち止まって、振り返って、手を繋いで、抱きしめて、抱きしめられて、キスをして
また、進む
今をただ、大事に。
「「愛してる」」