シフォンケーキ

□勲章
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その空間は静寂に……

勲章


一歩足を踏み入れると最初に目に入るのがカウンター。と言っても飲み物を出したりする飲食店のような物ではなく、知識を貸し出す為の物だ。

手塚が踏み入れたのは図書室。知識を貸し出すとは本を貸し出すと言う意味だ

手塚はずらりと並んだ本の中から、一冊の本を選んだ
麗らかな春の日射しを受け、何十年…何千年と月日を刻み込んだ年輪が光沢を帯び、一層引き立っている窓際の席に、手塚は座った。手にしているのは文字だけが羅列状に並んだ小難しい文学書。

パラリ…パラリ…

若干の規則性を帯びてページを捲る音が響いく。何ページか捲り終わった後、手塚は現実の世界に引き込まれた
ふと。読むのを中断し、日射しが差し込む窓を見つめる。サンサンと照りつける太陽の恩恵を一身に受ける様に我先にと大きく胸を張っている緑達に手塚は僅かながらも目を細める

その時、手塚に影がさした。必然的に手塚は細めた目を元に戻し影の主を見る

「不二…」

「やあ、手塚。君も読書かい?」

影の主は艶のある栗色の髪を持ち、青学の天才と呼ばれる不二周助。

「そんな所だ」

手塚は相手を知人だと判断するとまたその視線を本に移す。

「何を読んでいるんだい?」

「……」

手塚は無言で本の表紙が不二に見えるように傾ける
不二はさしてその様子を気にするでもなく本の表紙を見る

「カフカの変身…ね。手塚らしいや」

「……」

不二は手塚の横に座った。だがその手にはあるべき『物』がなかった。

「…不二、お前は読まないのか?」

手塚は視線を本に向けたまま相変わらず笑みを乗せている不二に言った

「うん、僕は本を読みに来たんじゃないから」

では何をしに来たんだと手塚が言う前に不二は指をさした

「あれ」

「……」

手塚はやっと本から視線を外し、不二がさした指の先を追った

「コート……?」

「そ、此処からだとコートが良く見えるんだ」

「何故、コートを……?」

手塚の問いに、吹き込んだ風に髪をなびかせながら不二は答えた


「僕達があそこに立つのはもう…後少しだから……」

目に焼き付けておこうと思ってと自嘲気味に不二は笑った

そんな不二の様子を見ていた手塚は本を閉じ、コートを見つめる

「あそこには何度も立っているじゃないか…俺は景色は細部まで思い出せる」

お前もそうだろう?と視線を投げ掛ける手塚に不二はゆっくり目を瞑りながら言った


「うん、勿論僕も細部まで思い出せる……でも違うコートの姿も目に焼き付けておきたいんだよ……」

「……確かに此処から見てみると幾分か、違って見える」

「僕達はお互いに理解し合ってる…少なくとも僕は『僕』の事を一番に理解してくれているのは君達だと思ってる。だから、その僕達を一番理解してくれているあのコートの事も一番理解したいと思って…」

「…そうか」

「…君は違うのかい?…手塚」

真っ直ぐな瞳を不二は手塚に向けた

「いや、俺もそう思う」

その答えを聞いた不二はいつもよりか幾分嬉しそうに笑った

「僕たちも後数カ月で卒業だ」

「そうだな」

「変わるもの、変わらないもの…この図書室からの景色は初めてここに来た時とちっとも変らない。けど何かが違う…茜色に染まった夕日も、一緒に帰った帰り道も、皆で食べに行った河村すしも、皆で行ったボーリングも…同じだけど違うよね?変わったのは世界か、それとも………」

「…お前は詩人だな」

「クスッ…そうかな?」

「ああ、俺はそんなことは考えたことはない」

「そっか…」

「だが…」

「?」

「少しだけならわかる気がする…」

「………」

「俺は全国大会で優勝出来たこと…そして何リお前たちと共にプレー出来た事を誇り思う」

「…手塚」

「この思いは、2年前の俺にはなかったものだ。恐らくこれから先も巡り会うかどうかはわからない…これを変わったと言うのなら俺は『俺自身』が変わったということだろう?」

「…そうだね」

「だが、俺はこの思いを忘れる事はないし、忘れようとも思わない…俺が誇りであるお前たちと共に精進した物ならさしずめ俺達が戦ったコートは俺達の誇りであり俺達の勲章でもある」

「『勲章』…か」

「まあ、勲章にしては大きすぎるがな…」

「クスッ…そうだね」




キ―ンコーン、カーンコーン




放課後を告げるチャイムが鳴り響いた。続々と部活動を開始すべく生徒たちが移動を始める。
手塚はスッと立ち上がり本を棚に戻す

「あれ?、借りなくていいの?」

「これはもう読んだからな……」

「そう」

「行くぞ」

手塚の声にこたえるように不二も席を立ち、手塚の後を追うように図書室を出て行った


変わるもの


変わらないもの


前者か後者か…自分たちがどちらかはわからない


ただ…言える事は



「そう言えば今日の練習はどうするの?」

「いつもどうり基礎練習……そうだな今日は少し早めに終わらせて試合形式でやろう」

「それじゃ、グランド走る回数減るね」

「?、何故だ」

「え…だって早めに終わりにするんじゃないのかい?」



変わらない『今』が『在る』こと



「タイムだけ縮める」



















(今日は荒れそうだな――…)
(?、すこぶる快晴だが…)
(………天気じゃないよ)

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