高野家のお話
□マタニティブルー
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妊婦生活も7ヶ月に入ったころ、私は些細なことで、ネガティブになってしまっていた。
この日も、そうだった。
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「ただいま〜。」
「とっと〜、かえり〜。」
「おー、輝。ただいま。」
てとてとと走りよってきた息子を抱きあげる。
「おかえりなさい。」
スナコがキッチンからやってくる。
「ただいま、スナコ。」
「もうすぐご飯出来るから。先に輝とお風呂に入ってきてください。」
「りょーかい。輝、とっとと一緒に風呂入るぞ」
「とっと〜。おふりょー。はいる〜。」
笑顔でお風呂場に走っていく輝。
その後ろ姿を見ながら、恭平はスナコの隙をついて、触れるだけのキスをした。
「また敬語。出てたぜ?」
一瞬にして、顔を真っ赤にするスナコ。
相変わらずのその反応に満足そうに笑うと、鞄をスナコに渡して輝の後を追って風呂場へと行った。
その姿を見届けて、鞄を2階の寝室へと持っていく。
「あ、お弁当出さなきゃ。」
いつもは、帰ってきてすぐに恭平が出すのだが、今日はそのままお風呂へ行ってしまったため、出してもらうのを忘れてしまった。
鞄を開けて、お弁当箱を取り出す。と、四角い紙きれが一緒に落ちてきた。
「何かしら?」
それを拾い上げて見てみる。それは、名刺のようだった。
(でも、普通の名刺とは何か違う…)
よく見てみると、お店の名前と、女の子の名前とメールアドレスと携帯の番号が書いてあった。
そして裏には、『絶対またお店に来てね♪あなたなら色々サービスしちゃうから(ハート)』っていう一言付き。
スナコは、それを見てどうしようもない不安に襲われる。
(こんなのただの付き合いで行ったに決まってる。そうは思うんだけど…)
スナコはその名刺を握りしめて、ベッドの上で何も考えられなくなっていた。
お風呂場―――――――
スナコがそんなことになっているとは知らず、恭平と輝は、親子で風呂を楽しんでいた。
「よし、輝、あと10数えたら出るぞ!」
「あい。じゅう!」
「いーち、にー、さーん、しー、ごー、ろーく、しーち、はーち、きゅー、じゅー。よし、こい輝!」
「きゃー!とっとー!」
手を伸ばして笑顔で近づいた輝を抱きあげ、お風呂から出る。
出る前に、呼び出しボタンを押しておいたから、スナコが輝を受け取りに来るはずだが、いつまで待っても来る気配がなかった。
「ん?かっか来ないな。」
「かっかー?」
「しゃーねーな。今日はとっとが拭いてやるよ。」
風呂からあがり、リビングからキッチンをのぞいてもスナコの姿はなかった。
「かっか、どこ行ったんだろな?」
「かっかー?どこー?」
輝を抱いたまま、2階の寝室へと向かう。
「おーい。スナコー?」
「しゅなこー?」
「こら、お前はかっかって呼ぶんだよ。」
そんなやり取りが足音とともに、スナコの耳に入り、スナコははっとした。
「やだ、私…」
その時、寝室のドアが開く。
「あ、いた。お前何やってんだよ。」
恭平の顔見て、とっさに手に握っていたものを後ろに隠す。
それを恭平は見逃さなかった。