Short*Short

□小夜の戯曲
1ページ/2ページ

 ひょんなところに、影に紛れて吸血鬼が来た。私は別に驚かなかったのだけれど、彼は私がここに居るということにひどく驚いたみたいだった。まあ、普通の反応だと思う。

 だってこの城には、もう私しかいない。数年前までなら数人生きていたかもしれない。けれどそれも死んだ。そして私は独りだ。

 私は死なない。最後に食事を与えられてから、もう数年経つ。お腹が空いたとは思うけれど、何故か飢え死にはしない。さすがに、物理的に殺されたことはないけれど。

 でも私は彼のような吸血鬼でもないし化物でもない、れっきとした人間だ。……少なくとも私はそう信じている。だってお父様もお母様も人間だもの。私をここに幽閉した張本人だけれど。

 羽を休めに来たのだと、彼はそう言った。私は彼を興味深く見ていたけれど、彼も私を興味深く見ているようだった。

「貴方はどこへ行くの?」
「光の無い、世界の弥果てへ」
「どうして?」
「この世界に、僕の居場所はもう無いんだ」

 彼は月明かりさえ避けるように、闇に身を寄せていた。その様子はなんだか怯える子供のようで。

 彼と私との距離は遠い。けれどたった二人だけの夜は静か過ぎて、遠く離れていても息遣いさえ聞こえるように思えた。

 遠くで獣の遠吠えが聞こえる。

「貴女はどうして独りでこの城に」
「私にもわからないわ。だって、周りの人が勝手に死んでしまうんだもの」

 私は無表情で答えた。みんなみんな、私を置いて死んでいった。つまらない。私をおいてみんなどこへ行ってしまうの。

「僕が、怖くないのか」
「貴方のことは本で読んだことあるわ。けれど、それだけで決め付けてしまうのは、あまりにも身勝手だと思わない?」
「生き物などくだらないものばかり。観察するだけ、その対象の醜さがわかるだけだ」
「ずいぶん卑屈なのね、吸血鬼っていう生き物は」

 私はくすりと笑った。けれど彼は視線を揺るがせただけで、めぼしい反応は返ってこなかった。

 つまんない。私は、秘かに唇をとがらせた。

「いいこと思いついた。ねぇ、私をここから連れ出してくれない?」

 そうだ、これは千載一遇のチャンスに違いない。きっとこのチャンスを逃したら、私は外の世界を知らないまま干乾しになってしまう。

 そんなの、絶対に嫌。孤独を知るためだけに、私は生まれたんじゃない。

「それは、できない」

 でも彼は私の意に反したことを言う。むきになって質問を浴びせた。どうせ貴方の都合なのでしょう?

「どうして? 貴方は飛べるわ」
「僕は人を抱えて飛ぶことはできない。だから君を連れて行くことはできない」

「そんな、私の全ての未来を壊してしまうようなことを言わないで。ねぇ、人のいるところへ連れて行ってくれるだけでいいの。お願いよ」
「…………」

 どうして、どうしてなの。貴方はきっと、外の世界を十分見てきたのでしょう。それはもう、厭になるほどに。連れて行ってくれないなんて、そんなのエゴだわ。私の気も知らないで。

 嫌いよ、貴方なんて。早く、世界の果てにでもなんなりと行ってしまえばいい!

「貴方なんて大嫌いよ! はやく行ってしまいなさい。私の城から出て行って!」

 彼は、音も無く消えた。はっとして、慌てて窓を見上げると大きな蝙蝠の影が飛んでいくのが見える。

 私は、鉄格子の間からいつまでも名残惜しそうに夜空を見上げていた。

 影が紺碧に溶けて、そしていつもと同じ夜になる。その瞬間、心臓が痛んだ。これは絶望だ。まるで、奈落の穴に突き落とされたような、自分すら見えない暗闇において行かれてしまったような。

 嗚呼、篭から逃げ出した小鳥は、もうその手に戻ることはない。

それから、私が彼に逢うことはなかった。

 けれど、
 いつまでも、いつまでもいつまでも、私は待っていた。また、あの夜が来ることを。



.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ