Paradise Left
□# 002
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それから数十分、そろそろ準備も仕舞いに近づいてきた頃、ユディトはまた離れの倉庫にいた。
今回使う聖盆やら、細々した物を取りに行っていたのだ。燭台に立てる蝋燭も箱一杯に持って行かなくてはならない。
ユディトは院での最年少でもあるから、力しごとや在庫を取りに出るときは自ら率先して引き受けていた。
そうして手いっぱいに段ボールを抱え、揚々と帰って来たユディトは背中で聖堂の扉を開けた。
あとはユディトの持ってきた道具を配置するだけだと息をついたユディトを迎えたのは――誰一人いない祭壇だった。
いくら準備途中だからといって、舞台になる聖堂に誰もいないのはおかしい。
段ボールを置いて、ユディトは一人ぽつんと立ち竦む。
あれ? と、ユディトは何かに目が留った。
祭壇の上に、まるで十字架のキリスト像と重なるように、見慣れぬ何かが飾られている。
ユディトはそれに、恐る恐る近づいていった。
目の前が、赤い。
鮮烈な赤ではなく、どろどろとした錆びのような赤。
一瞬、私はそれを認識できなかった。
蝋燭の灯火に照らされて、生々しく光を反射しているのは、血だ。
それを出しているのは、人。
数ヶ月前にヴァチカンから派遣されて来た司祭。
昼間、聖堂の脇でアレッサと話し込んでいた彼だ。
蒼褪めた顔は無表情のまま、口元から一筋の血が流れている。
彼の胸からは燭台の長い柄が生えていて、その先には火が点ったままの融けかけた蝋が、まるで血のように、断続的に滴り落ちていた。
思わず後ずさった一歩が、ねちゃりと粘つく。
足元にも、夥しい血が聖堂の床一面に広がっていた。
ユディトは息を、ひゅうっと吸い込んだ。
次の瞬間、大きな悲鳴を出すために。
だが、それは何者かの手によって遮られた。
ユディトの肺は膨らんだまま、その場に硬直する。
息すら吐けず、何者かを確認しようとして、驚きに見開いたまま目だけを忙しなく動かす。
けれど、背後にいるのが誰かは分からない。
「ユディト」
耳元に、声を殺すような囁きが流れ込んできた。
ユディトがよく見知った声、テレサの声だった。
そろりと外された手と同時に、首を回して振り向いたユディトは、思った通りテレサの顔を捉えた。
彼女の表情は強張っていて、明らかな怯えが見て取れる。
「テレサ、いったいこれは……」
「いいから、とにかくこっちへ」
足音を殺しながら聖堂を出て、連れられた場所はすぐ隣の空き部屋だった。