Craspedia

□Craspedia -プロローグ-
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 ここは何処だろう…。

 かつては建物として存在していたであろうこの場所は、木々が生い茂って自然と同化しているように見えた。伸びた木の根が倒れた柱に巻きつき、鋭い棘を持つ植物が訪れた者を脅かすように所々に生えている。
 これは夢だと早々に理解できたものの、実際にその場にいるようで、更に訪れたことがあるような不思議な感覚だった。少しひんやりした空気や草木や土の匂いも感じられ、目に映る光景も色彩がしっかりしている。夢の中でもこんなことは起こるものか、それともいつか正夢となるのか…。
 とはいえ、日本国内にも海外にもこんな場所があるとは聞いたことがない。仮にこの場所が存在していたとしたら不思議な体験をした、ということになるのだろうか。
 ここに来たら自然と何かが起こるというわけでもないようで、私は辺りを見回して光が差す方へと歩いてみることにした。



 溝のような通路から続く階段を上った先は、天井がすっかり崩れ落ちて青空が広がる空間だった。窓だった所から見えたのは森と海と空のほんの数色で、ここが何処なのかは皆目見当もつかない。
 夢なのだから分からなくても仕方がないと諦めて振り返ると、風に乗るようにあの時と同じ少女の声が聞こえてきた。


 “わたしは…”


 「えっ…?」


 今度ははっきりと聞こえた。
 あの子に会えるかもしれないと、視界に入っていた階段を駆け上がる。


 「これは…」


 最上階にあったのはこの空間の半分以上を占めている巨大な木と、その根元にある大きくて丸いガラスのようなものだった。それが何なのかは分からないが、少女と繋がっていると直感的に思えたのだからやはり不思議だ。


 “わたしには…”


 肝心なところが聞き取れず、ゆっくりとガラスのようなものに近付いてみる。その中で少女が胸元で手を重ね、悲しそうに俯いている姿が見えたのは気のせいだろうか。


 “誰か…わたしと一緒に…”


 この子は1人で、何かを嘆き、誰かを求めてるのか…。

 私は運命だとかそういった類の言葉はあまり信じないタイプの人間だ。けれど、もしこれが夢でも幻でもなかったとして、この子の声が聞こえるのもここにいるのも、何か意味があるのだとしたら…。


 「私で良ければ、話を聞くよ」


 “っ…?!”


 ガラスのようなものにそっと触れようとした。

 その瞬間。


  ゴォォッ…!


 「っ?!」


 突風の凄まじい音に飛び起きた。夢だと分かっていても内容がリアルだっただけに、ここが支部の仮眠室だと気付くのに少し時間が掛かってしまった。
 台風は既に上陸していて、私が仮眠している間に暴風域に入ったらしい。大粒の雨が窓を叩きつけ、時折強い風の音が響いている。


 「……」


 それにしてもあの夢はなんだったのだろう。夢だと分かっていたことはあれど、あれほどまでにハッキリとした夢は今まで見たことがなかったし、現実で起こったことが夢と繋がっていることも初めてだ。これが不思議経験というものだろうか。
 墓地での出来事やあの夢が本当に意味のあることならまたあの子絡みの何かが起こるかもしれないが、台風が落ち着いたら安全確認で神室町に向かわなければならない。今はそれに備えておかなければ。任務が終われば考える時間はいくらでもある。
 まずはコーヒーでも飲もうと部屋に戻り、隊長と塚原がパソコンで見ていた最新の気象情報を確認する。どうやらあと2時間もすれば暴風域は抜けるらしく、その頃に天候を見てから神室町に向かうことになった。






 あの神室町でも台風の日は流石に人気は少なく、骨組みだけになった傘や折れた木々、倒れたゴミ箱から飛ばされた空き缶などが散乱していた。去年より強い台風に加えてビル風の多い土地柄、被害が出ている建物もありそうだ。


 「予想はしてたけど、結構酷いね」


 「…あぁ」


 自宅で1人で過ごす玲奈が心配で仕方がない様子の塚原と向かった広場で、消防隊員や警察官と合流して地図を確認し、手分けして安全確認を行うことになった。


 「ねぇ、塚原」


 「ん?」


 「……」


 あのことを話してみようかと考えたが、実はオバケなどの話を一切受け付けないほど怖がりの塚原に墓地での話をしようものなら任務どころではなくなると思い、咄嗟に話の内容を変える。


 「…これ終わったら上がって。玲奈のこと心配でしょ?」


 「でも、支部に戻ったらやることがあるだろ」


 「それぐらい私がやるから平気だよ。玲奈だってきっと不安になってたと思うし、早く帰って安心させてあげて」


 「そういうわけにはいかない」と言っているが、玲奈が心配なのが顔どころかオーラとして全面に出ているように見えてしまう。「別に貸しだとか言わないから」などと話しながら担当するエリアを見回った。
 看板や窓が割れる被害は出ているかもしれないと話していたが、幸いにもこの辺りは今のところ被害は出ていないようだ。まだ風があるので油断はできないが、広場に向かっていた時よりも人気も増えてきたようにも思える。途中で会った顔見知りが電車が動き始めたと言っていたし、この任務が終われば家に帰ることができそうだ。
 時々強まる雨に打たれながら狭い路地に入り、配られた地図を見てそれぞれが左右から回って反対側で合流することになった。ここは昼でも薄暗くて一般人が立ち入ることはほとんどなく、過去にゴロツキ達が派手に揉めた現場でもあった。
 塚原と一旦別れて見回っていると、少し先に路地を塞ぐほどの大きな水溜まりが広がっていた。私自身は既に濡れているし、水はけの良いコンバットブーツを履いているから今更戸惑うことはないけれど、何となく水が掛からないように歩く速度を落とそうとした時、その水溜まりの異変に気付く。


 「何これ…」


 強まったり弱まったりしている雨風で波立つことなく、そこだけ切り取ったかのように静かに空を映しているのだ。他の水溜まりを見てみると、絶えず雨風に揺られて映された空が歪んでいる。

 まさか…。

 あの夢と繋がっている…?


 “わたしは…”


 「!」


 何とも表現し難い予感の直後に少女の声が聞こえて静かに空を映す水溜まりを振り返ると、そこには夢で見た巨大な木と大きくて丸いガラスのようなものが映り込んでいた。

 やっぱりあの子はここにいる…。

 迷わず水溜まりに足を踏み入れた瞬間、淡い光の壁が現れて視界が白一色となる。ゆっくりと目を閉じてみると、ふわりと体が浮かんで温かい太陽の光を感じた。




 地面に降り立った感覚に目を開くと、夢の中で訪れ、水溜まりに映っていたものと同じ光景が広がっていた。
 ヘルメットを脱ぎながら真っ直ぐガラスのようなものへと歩き、太い根元の窪みにそっと置いた。すると、巨大な木の前に掌ほどの光の玉が現れ、徐々に人のシルエットとなって大きくなっていく。その様子を見ているとそれは淡いピンクのワンピースに身を包んだ少女となった。か弱くて儚い雰囲気に胸が締め付けられるような気分になったのは何故だろう。


 「……。私を呼んでいたのは、あなたね」


 これまでの非現実的な体験があったせいか、その光景に驚くことはなかった。逆に納得がいったほどだ。


 “そう…。わたしは…リアラ…”


 全身に霧のような光を纏う姿といい、声の響き方といい実体ではないように見えた。


 「私は真田綾菜。まず聞きたいのは…、ここは何処?」


 “ラグナ遺跡…”


 「ラグナ…?聞いたことないな…」


 唇に指を当てて考えていると、リアラが躊躇いの色を見せる。


 “ここは…、あなたが過ごす世界ではないから…”


 「え…?」


 流石にそのような展開は考えてもみなかった。思わずきょとんとしてしまった私を見て表情を曇らせるリアラ。「きっと信じてくれない…」そう思い込んでいるようだった。


 「そうだとしても、リアラが私を呼んだのと、ここが私が過ごす世界じゃないっていうのは関係ないと思うけど」


 “…!”


 「リアラは一緒にいてくれる人を探しているのよね?その声が聞こえたのが私だった。それで良いんじゃないかな」


 “でも…、それだとあなたに迷惑が…”


 「WGOっていう軍隊に似たところにいると面倒事は良くあるの。そういうのは慣れっこだよ。だから心配しないで」


 私がリアラの声が聞こえたということは、リアラとの行動に必要な何かを持っているということなのかもしれない。それが何かは今は分からないし、恐らくリアラも同じだろう。それに、こんな展開にまでなってリアラを放っておくことはできないし、何よりあの姿と雰囲気に「守らなければ」と使命感が沸いてきたのだ。
 現実では有り得ない夢のような展開ではあるけれど、こんな経験は私だけしかできないだろうし、何かの糧になるかもしれない。私の欲しい答えもそこにある可能性だってある。


 “わたしと一緒に来てくれますか…?”


 「もちろん。リアラを守るよ」


 にっこり笑って差し出した手をリアラが取ろうとした瞬間…


 “させぬ!!”


 「?!」


 別の声が聞こえたと同時に閃光に襲われ、反射的に顔を背けた。


 “やめて、     !!”


 リアラの様々な感情が混ざった叫び声が遠くなる。後ろに強く引っ張られるような感覚に目を開けると、既に視界は自分の伸ばした手が見えないほど真っ暗になっていた。


 「リアラッ…!」


 私がその中で見たのは、ほんの僅かな間だけ光った星のような小さい輝きだけだった。
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