Craspedia

□Craspedia -プロローグ-
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 強く引っ張られる感覚がなくなったかと思えば、先ほどと似たような閃光に目元を覆った。


 「これは…!」


 引っ張られる感覚のせいで崩れそうになったバランスを何とか保ったものの、目の奥に感じている痛みでここが何処なのか確かめることも考える余裕もない。どうにか数人が驚いている気配だけは感じられた。


 「っ…」


 徐々に視覚が戻るのを感じて覆っていた手をゆっくり下ろした時、自身に違和感があることに気付く。
 1週間前にバッサリ切ったはずの髪。結べないぐらいに短くしたのに、切る前と同じように結い上げられている。
 もう1つは左足の太股だ。神室町へ向かった時に身に付けていた武器は標準装備の特殊警棒だけだったのに、そこには銃が収められたレッグホルスターがしっかりと装着されていた。
 もちろん銃を持ち出した記憶は一切ない。携帯命令は出ていなかったし、隊長に申請をした覚えもない。街の安全確認をするだけだったから必要ですらなかったのだ。
 そのレッグホルスターを見て足元に赤い絨毯が広がっていることに気付くと同時に、人の気配を思い出してハッと顔を上げる。ぐにゃりと歪んだ視界に思わず膝をついた。


 「うっ…」


 あの感覚と光で体がおかしくなってしまったのだろうか。
 それでも何とかその場にいる人々を見ようと顔を上げて目を凝らすと、誰かがこちらに向かって来るのが見えた。


 「大丈夫ですか?」


 「何、とか…」


 視覚が戻ってくるのを感じながら、声を掛けてくれた人の手を借りてゆっくり立ち上がった。


 「すみません…。ありがとうござ…」


 礼を述べながら固まった。


 「…います」


 手を貸してくれた中年の男の向こう側には冠を被った王と思われる人物が高座から身を乗り出して唖然としていて、その下にいる別の中年の男は面食らったまま私と同じように固まっている。


 「……」


 …とんでもない所に来てしまった気がする。

 ついさっきまでラグナ遺跡にいたはずなのに、ここは何処なのだろう。あの人物が本当に王だとしたら城かどこかなのだろうけれど…。


 “ここは…、あなたが過ごす世界ではないから…”


 ラグナ遺跡での会話が頭の中で甦り、ハッとした。

 そうだ、私は…!

 辺りを見回しながら少女の名を呼ぼうとしたが、短く息を吸い込むだけに終わってしまった。記憶にぽっかりと穴が空いたように少女の名前を思い出せないのだ。顔はもちろん、淡いピンクのワンピースを着ていたのも覚えているというのに…。


 「私は…」


 私が混乱しているように見えたのだろう。目の前にいる男が私の両肩を優しく撫でる。


 「落ち着いて下さい。私はニコラス・ルウェインと申します。あなたのお名前を教えて頂けますか?」


 「私は…、アヤナ・サナダと申します」


 男の名を聞いて咄嗟に名字と名前を逆にして3人に名乗ったが、それで良かったようだ。ルウェインが「アヤナさんですね」と柔らかい笑顔を浮かべて頷いたのを見て少しホッとした。





 ルウェイン曰く、私は目映い光と共に突然現れたのだという。ここはセインガルド城の謁見の間だと教えてくれたが、セインガルドという国名は聞いたことがないし、国王制の国はあれどこのような城が政治の中心になっている国の存在も聞いたことがなかった。ここは本当に私が過ごす世界ではないようだ。


 「おぬしはどの国の出身なのだ?」


 その問いに少女の言葉が再び甦り、信じてもらえないかもしれないと不安になって俯いた。素性を明かさなければならないが、私がこの世界の人間ではないことは紛れもない事実。どちらに転んでも自分の身がどうなるかは分からない。


 「私はこの国…いえ、この世界の人間ではございません」


 「…は?」


 この反応はもっともなもので、もう1人の中年の男がぽかんとしている。


 「私の出身は日本でございます」


 聞いたことのない国名に国王が手を顎に当てて一点を見つめる。思わぬ答えにどう問えば良いのか考えているようだが、私が異世界の人間だと信じたかどうかまでは汲み取れなかった。


 「…では、おぬしの立場はどのようなものだ?」


 「WGO関東支部・特殊部隊所属でございます」


 やはり聞いたことのない組織名に今度は手を額に当てて唸る。
 念の為という形でドライデンとルウェインに『日本』や『WGO』を聞いたことがあるかと確認していたが、当然ながら「ございません」と口を揃えた。


 「余は国民の手本になるべく幅広い知識を身に付けたつもりではいたが…。おぬしの話を把握できないということは、やはりおぬしはこの世界の人間ではないということか…?」


 独り言のように呟く国王を見て、ふと隊員手帳の存在を思い出す。胸ポケットに入っていたそれを取り出して近くにいるルウェインに差し出した。理解できるのはローマ字で記された名前ぐらいだろうし、これを見ればきっと信じてもらえるはず。


 「……」


 渡された隊員手帳を見て言葉を失う国王。
 一通り目を通した後、驚きを隠せない表情で私を見た。


 「現れ方といい、おぬしがこちらに来た要因も我々には理解し難いものだと察するが…」


 「私自身も頭の中が整理出来ていない状態ですので、非現実的なものかと…」


 突然現れたところを目の当たりにした以上は信じざるを得ない部分もあるだろうが、おそらくこの場にいる全員がこの事実に頭が付いていけていない状態でもあるだろう。


 「その先の話を聞くのは少々間を置いた方が互いに良いかもしれぬ。余もおぬしに聞きたいことを色々と考えたい」


 「…はい」


 「処遇は見極めを含めて余の預かりとする。おぬしの身の保障もしよう。…良いな、ドライデン、ルウェイン」


 「…は」


 「陛下の仰せのままに」


 「陛下の思し召しに心より感謝致します」


 目だけを動かしてドライデンを見ると、返事とは裏腹に少々腑に落ちない様子だった。周囲や国のことを考えているからこその反応だったのかもしれないが、素性の知れない人間が突然目の前に現れたかと思えばこの世界の人間ではないと言い出し、更に国王に身を保障すると言われたのだから、疑い深い目で見られても仕方ない。
 それでも言わせてもらうとすれば、私はこの世界のことを何一つ知らないのだから動きようがないし、この現実を受け止めることぐらいしか出来ないのだ。
 事が動き出した時、私のやるべきことは国王にはもちろん、ドライデンにも私がこの国…ひいてはこの世界に害のない人間だと示すことらしい。私が過ごす世界との違いは分からないが、間違いなく言えることは勝手が違うということ。これはある程度の努力が必要となりそうだ。


 「ルウェイン、この者を別室に案内して欲しい」


 「承知致しました。参りましょうか、アヤナさん」


 「…あの」


 「どうしましたか?」


 「武器を置いて行こうと思うのですが…」


 「私が預かろう」


 ドライデンが目でレッグホルスターを外せと目で催促しながら近寄って来たのを見ながら、大人しく特殊警棒と一緒に渡す。私と武器を一瞥してから元いた場所へと戻って行った。
 その様子にため息をつきたい気持ちを堪え、深く頭を下げてからルウェインの後に続いて謁見の間を出た。





 ルウェインに連れて来られたのは至って普通の部屋だった。使用人が使うようなところなのか、トイレもシャワー室も備え付けられている。


 「呼ばれた時以外は部屋から出られないことになりますが、どうか許して下さい」


 「お気遣いありがとうございます。色々と考える時間が必要ですし、今の私には丁度良いと思います」


 「そう言ってもらえるとありがたいですが…」


 申し訳なさそうに目を伏せたルウェインに、慌てて首を横に降った。


 「私のような者に部屋を用意して頂けて、心から感謝しております」


 「…優しい方なのですね」


 「え…?」


 「私もそれなりに長く生きていますから、見ていれば分かります」


 謁見の間と同じように優しく両肩を撫で、優しく微笑む。


 「色々なことがあったでしょうし、今日のところはゆっくり休んで下さい。考えるのは明日からでも良いのですから」


 「…ありがとうございます」


 ようやく見せた私の微笑みに安心した様子を見せて両肩から手を離す。


 「今度、アヤナさんの世界のことを聞かせて下さいね」


 「はい、是非」


 「おやすみなさい」と部屋を出て行ったルウェインに頭を下げた後、窓の外を見た。


 「……」


 向こうは早朝だったというのに、この世界は夜だった。時計の短針はとうに21時過ぎをさしている。城ならば兵士がいるはずだと思っていたが、いなかったのはどうやらこんな時間だったからか。
 まずは少しでもリラックスできる状態にしようと軍服の上を脱いで椅子に掛け、ポーチと一緒にベルトを外してテーブルに置く。ブーツも脱いでベッドの脇に置いた。体が少し軽くなったのを感じながらポスリとベッドに横になって天井を仰ぐ。

 WGOの隊員という肩書きが通用しない世界。

 自分の過ごす世界の常識も通用しない世界。

 …私はこれからどうなるんだろう。

 私が向こうでどんな扱いになっているのかも気になる。不安がないと言えば嘘になるけれど、今は考えても仕方がないのは確かだ。
 支部であまり眠れなかったのと、思いもよらない出来事で体が重く感じているのもあり、ベッドに横になってから眠りにつくまでそう時間は掛からなかった。
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