Craspedia
□Craspedia 第2章 -Beginning-
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―翌朝。朝早く城に集合した私たちは、ひんやりとした空気の中数名の兵士と馬車を引き連れてハーメンツへと向かった。
「少人数ね」
「これだけいれば充分だ」
「シャルがいるからな」と続けたリオンの傍らでシャルティエは妙に気合いが入っている。『任せて下さい、坊ちゃん!』やら『坊ちゃんの実力を余すことなく発揮できるよう全力を出しますよ!』などと頼もしくコアクリスタルを点滅させていた。
そんなシャルティエを見て、考え過ぎだと思っていてもどうしても昨日のことが頭から離れない。
“…問題なんかないよ!坊ちゃんの強さを見せつけられるし、僕のマスターは凄いって自慢出来るチャンスじゃないか!”
無理してないよね、シャルティエ…。
本当にそう思っていたとしても、かつての『戦友』と呼ぶほどの存在ならば対立したくない、戦いたくないと思っているのではないか。そう考えてしまうのだ。
シャルティエに本心を尋ねる機会も見当たらず、かと言って「シャルティエを貸してくれ」と言うのも何だか不自然だしリオンに不審に思われるだろうと、1人で悶々と考え込んでいるうちにハーメンツに到着してしまった。村民に事情を説明する兵士を横目に、盗掘者…ルーティ・カトレット達のいる宿屋の前で待機に入る。時刻はもうすぐ8時。そろそろ彼女達が出て来てもおかしくはない。
「……」
やっぱり、ソーディアン同士が戦うのを避けるに越したことはないよね…。
静かに時を待つシャルティエを見て思った。だが、ルーティ達は今までと同じく私たちから逃れるべく武器を出すはず。
そうしたらリオンだって…
シャルティエを抜く。そんな状況になった時、私は皆を止められるだろうか。
マスター達が、ソーディアンを抜く前に…
「…私が行けばいいのか」
ポツリと零れ出たその言葉に、リオンが振り向く。
そうだ、私が行けばいい。
『アヤナ…?』
「おまえ…、何を言っている?」
「ここは私に行かせて」
本当は宿屋に突入しても良いけれど、流石にリオンが許してくれないだろう。
「ちょっと手荒になるかもしれないけれど、捕まえられれば良いんだよね?」
『確かにそうだけど…』
「…どうするつもりだ」
「コレがあるじゃない」
そう言ってレンズガンを優しく叩いた私を見て、意図に気付いたリオンが思案顔になる。暫し考え込んだ後、「…良いだろう」と口を開いた。
「手並みを拝見させてもらおう」
『本気ですか、坊ちゃん?!』
「ありがとう。さすがリオン」
「万一逃した場合、責任を持つのは僕だ。それを忘れるなよ」
「もちろん」
ニッと笑って辺りを見回した後、リオンが兵士達を下がらせる。それを見やって、視線を宿屋に戻した。微かに慌ただしい足音が聞こえる。
「…お出ましね」
兵士や村民が遠目に事の様子を見守る中、ルーティ達が姿を現した。周囲を警戒する一方で、金髪の男が驚きの声を上げる。
「これは…!一体どうなってるんだ?!」
「げっ、兵士の数が前より多くなってる!」
『自業自得よ、ルーティ』
…あの黒髪の少女がルーティ・カトレットか。
アトワイトと思われる声に確信した。ならば赤髪の女がルーティの相棒ということになる。リオン伝いに聞いた情報はこの2人だけのものだったし、金髪の男は最近仲間になったのだろうか。…にしても、狼狽える様子に2人と差があるのは何故だろう。
「まさか…、ウォルトの仕業?!」
「おまえには手配状が出回っている。善良な市民の義務ってやつだよ」
そのウォルトは村民の中でもより遠いところで成り行きを眺めていた。浮かべる笑みは質が悪く、黒い噂が絶えない人物というのも頷ける。近くにいる兵士に「報奨金の件はひとつよろしく」と言っている辺り、今回の通報は金目当てらしい。
「手配状って…。ルーティは犯罪者だったのか?」
「…は?」
素性も知らないで一緒にいるのかこの男は。
その発言に呆気に取られている私の前で「し、知らないわよそんなこと!」と動揺しながら否定しているが、誰がどう見てもその態度はクロだ。
額に手を当てて溜息をつきたい気分でいると、男が「ルーティは犯罪者なんですか?」と尋ねてきた。
…そう来るんだ。
「遺跡への不法侵入及び盗掘、レンズ換金の際の恐喝。証拠もあるし、被害届も出てるよ」
結局ついてしまった溜息を混ぜて伝え聞いた情報をそのまま教えてやると、「そんな…」と俯いた。かと思えばハッとしたように顔を上げる。
「じゃあ、ルーティに良く似た人の仕業じゃ…」
…そうなるんだ。
「じゃあ」って何なのよ、と思ったその時。
『…どのような人生を送っているのだ?』
「…!」
姿のない別の男の声に目を見張った。私の後方でもリオンが控えめながらに同じ表情を見せ、シャルティエが『ディムロス?!』と驚きと落胆を混ぜたような声を上げた。
『シャルティエではないか!』
『シャルティエじゃないの!』
それぞれの驚いた声が重なる。ルーティのみならず、男もシャルティエを探すように辺りを見回した。
この男もソーディアンの声が…。
思いもよらない展開に今度は私が動揺してしまったが、こういう時こそ冷静にならなければ。
顔には出すまいとどうにか抑え、話を聞こうとディムロスを抜き出した男を向く。
「オベロン社が発見したディムロスを、何故あなたが持っているの?」
「何故と言われても…。色々と事情があったとしか…」
「…それなら、あなたにも同行してもらおうか。飛行竜の件も含めて詳しい話を聞かせてもらうよ。もちろん、ルーティ・カトレットと相棒さんにも」
今度はルーティと赤髪の女の方を向くと、一層警戒を強めてそれぞれが武器に手を掛けた。辺りを見回して突破口を探っている。
「黙って話を聞いてれば!はいそうですか、って捕まるとでも思ってんの?!」
「いいの?」
「何っ…?」
「ここで戦ったら罪が増えるだけだと思うけど」
「捕まらなければいいだけの話よっ!」
アトワイトの止める声も空しく、ルーティはアトワイトを抜き出し、女は斧を構える。だが私はそれらよりも早くレンズガンを抜き出し、空に向けて一発放つ。木霊した銃声が、より一層威力の強さを物語らせた。
「あなた達を確保します。武器を捨てて両手を挙げなさい」
有無を言わせない冷然とした声色に、まずは男が表情を凍らせてあっさりとディムロスを離す。だが、2人は観念する気配を見せないまま、依然として突破口を探っていた。
「わたしが囮になる!ルーティだけでも逃げろ!」
全員で逃げることが難しいと判断したのだろう。女が2人の一歩前へ出てそう叫んだかと思えば、何かを思い出したように動きが止まり、苦しそうに顔を歪めて膝をつく。
「っ…!」
「マリー!」
すかさずルーティが女…マリーを庇うように前に立って男にディムロスを手にするよう促したが、もう一発放ったレンズガンがそうさせなかった。轟く銃声に男の肩が大きくはね上がり、本当に観念した様子で両手を挙げた。
「ずるいわよ、あんた…!」
「ずるい?それはどっちかな」
戦闘にならないように威嚇して捕らえようとしている私を狡いと言うならば、盗掘や恐喝などの犯罪に手を染めて金を稼ぐルーティは何なのか。レンズハンターならば大人しくレンズだけを集めていれば良かったものを。
「…諦めるもんですか!」
『アヤナ、晶術が来るよ!』
「貫け!」
後ろから叫ぶようなシャルティエの声にレンズガンを仕舞い、代わりに特殊警棒を出す。
「アイスニー…っ!!」
晶術が発動するより早くルーティの後ろへと回り込んでアトワイトを掲げる手を掴み、反対の手で特殊警棒を首筋に当てた。空を切った氷の針が地面に突き刺さる。
「ルーティ…!」
ルーティの喉がゴクリと鳴った。これが刃物だったら、ほぼ間違いなく彼女は命を落とすことになる。
『諦めなさい、ルーティ』
私の言葉を代弁するかのようなアトワイトの声が降る一方で、この一瞬の出来事にルーティは固まったままでいる。そんなルーティを拘束したまま、一瞥してリオンを見やった。
「盗掘者共を連行しろ!」
「はっ!」
一斉に駆け寄って来る兵士達に3人の拘束を任せてディムロスとアトワイトを拾い上げ、馬車へ連行される2人から鞘を抜き取ってそれぞれを収める。
「申し訳ありませんが、この剣を少しの間だけ持っていて頂けませんか?リオンと話をしたいので」
「わ、分かりました」
そっとその兵士にディムロスとアトワイトを預け、リオンのところへ駆けて行く。宿屋の裏口を張っていた者をこちらへ戻すよう指示を出したところで私に気付いた。
『アヤナ、怪我はない?!』
「大丈夫、かすり傷一つないよ」
『良かったぁ…!あれを見た時、一瞬だけどやっぱり坊ちゃんが出るしかないのかもって思っちゃったよ』
「晶術を発動させなければ完璧だったがな。…だが、出来は悪くない」
「少しは認めてくれたと思っても良いのかな?」
それを彼なりの褒め言葉と受け取って頬を緩ませた私に、鼻を鳴らすリオン。「おまえは子どもか」と言われてしまったが、私が頬を緩ませた本当の理由は口が裂けても言えない。嬉しかったのは事実だけれども。
「…シャルを戦わせたくなかったんだろう」
『……』
「まぁ、それもあるよ」
そうだとは言わず、曖昧に答えた。確かにそれが一番の理由だが、他にもある。リオンがどこまで気付いているか聞くつもりはないし、報告も彼なりの解釈を加えてすればいい。出来ることならルーティの抵抗はなかったことにして貰えると助かるのだけど。
「一応、ディムロスとアトワイトはあたしが持ってるよ。事情聴取も任せて」
「…それなら、その報告はおまえからするんだな」
「うん」と短く返して2本のソーディアンのところへと戻る。兵士が後処理に戻るのを見送って、受け取ったディムロスとアトワイトに苦笑いを向けた。
「マスターに手荒な真似をしちゃってごめんなさいね」
『おまえ、やはり…!』
『私たちの声が聞こえるのね』
「えぇ」
ゆっくりと頷き、ディムロスについてしまった砂を払ってやる。
こうしてみると、意志はあるのに自分で動けないのは気の毒だと思う。汚れを拭うのはもちろん、ルーティのような行動を止めることが出来ないのだから。
「詳しい話は城で聞かせてもらうけど、あの男の人はディムロスのマスター?」
『そうだ。名はスタン・エルロンという』
「そう…」
…やっぱり声が聞こえるだけじゃなかったんだ。
先を越されたな、と馬車に乗せられている男を見やった。
「さ、私たちもすぐに出れるようにしておかないとね。当分の間は2人と話せないだろうけど、我慢して」
『ああ』
『分かったわ』
コアクリスタルを点滅させた2人を抱え直し、シャルティエと距離を空けられる位置を考えながら馬車がある村の外へと歩き出した。