Craspedia

□Craspedia -プロローグ-
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 厳しい暑さが続いた夏が終わり、ようやく快適に過ごせる秋がやってきた。私にとっては秋が体の調子や目覚めが一番良く、この日もアラームが鳴る30分も前に目が覚めたほどだ。
 カーテンを開けて見上げた空は、雲が少しあるが天気は良い。窓を開けるとほんのりと金木犀が香る風が入ってきた。


 「…台風が来るなんて嘘みたい」


 切ったばかりの髪を掻き上げながら呟いて窓から離れ、リビングにあるテレビをつける。時刻はとうに午後になっているけれど、ワイドショーでも気象情報は流れるはず。
 チャンネルを変えているとある番組で『CMの後は台風の最新情報』とテロップが出ている。リモコンをテーブルに置いてキッチンへ行き、アイスカフェオレを用意してCMが終わるのを待った。




 猛烈な台風24号は北東に進み、18日には日本列島に最も接近する見込みです。中心気圧は950hpa、最大瞬間風速は…


 気象予報士の情報によるとどうやら関東直撃は免れないらしく、通勤・通学に影響が出るとまで予想されている。元々当直なので問題はないが、その前後も泊まりになると考えて着替えを多めに持って行った方が良いかもしれない。
 この時期は仕方ないと思いながら立ち上がり、出勤の準備をすべく浴室へと向かった。







 ―WGO関東支部。

 そこが私の所属する組織だ。WGOは略称であり、正式名称は『World Guard Organization』、日本語では『世界守衛組織』と呼ばれている。組織形成の基は軍隊で、災害援助や治安維持など、国を守る為に戦後に設立された国際組織だ。ほとんどの先進国にはWGOが存在しており、発展途上国などには近隣諸国のWGOが派遣されている。
 日本国内にはWGOの支部が関東以外にも各地にあって、更に駐屯地が各都道府県に多く展開されている。その中でも私が籍を置くのは各支部のみに存在する特殊部隊で、支部長直属となる。普段は国とWGOが共同で管理・運営し、支部に隣接する国立病院の警備任務や支部の管轄内の巡回任務などを行なっているが、時には国賓や官僚などの護衛に就いたり公にできないような依頼に対応することもあるのだ。




 「真田綾菜、午後4時50分、出勤致しました」


 深緑の軍服を身に纏い、敬礼と共に隊長へ出勤の報告をする。出勤時と退勤時、任務開始や完了などの報告は今のようにしっかり行うが、それ以外は普通の会社と何ら変わらずコミュニケーションがとりやすい環境だ。


 「おはよう、塚原」


 「おはよ」


 この日は朝から勤務している同僚の塚原にも挨拶し、宛がわれているデスクに着く。先ほど隊長から渡された来月の予定表とメールを確認し、巡回任務の開始を待った。




 「塚原、玲奈の調子はどう?」


 玲奈は高校時代からの親友であり、同じ関東支部の医療部隊に所属する看護官…つまり看護士だ。
 3人で食事をしたりドライブに出掛けたりしているうちに塚原が玲奈に惹かれ、それにあっさり気付いた私の後押しと根回しもあってめでたく交際することになった。元々同僚でプライベートでの付き合いが長かったのもあり、半年の交際で結婚に至ったのだった。


 「おかげさまで順調だよ。毎日お腹の子に話し掛けてる」


 そんな2人は結婚から1年後に待望の子どもを授かり、予定日も1ヶ月を切っている。お腹の子は女の子ということで、同じく2人の女の子のパパをやっている隊長から経験談やアドバイスを聞いているけれど、その2人を見る度に思春期を迎えた娘に冷たくされて本気で落ち込む姿が浮かんで笑いそうになってしまう。一応私も人の娘なので娘視線でのアドバイスはしておいた。
 …が、塚原にはあまり意味がなさそうだ。
 仕方ないので泣き入った時に話を聞いてから説教してやるか、とは思っている。


 「そう、良かった。そういえば名前は決まったの?」


 「あぁ。それは生まれてからのお楽しみな。俺らの両親にも教えてないんだ」


 「いいね、そういうの」


 「綾菜も将来そうすれば?」


 「考えとくよ」


 「結婚できるのかな」などと全く想像できない将来を考えながら塚原がくれたお菓子をつまむ。


 「で、綾菜にちょっと頼みがあるんだけど」


 「どんな頼み?」


 「来週末は合同訓練で泊まりなんだよ。その間に時間ができたら玲奈の様子を見に行って貰えると助かる」


 玲奈のことを気に掛けていたものの、私も塚原が参加したものとは違う日程で行われた合同訓練などで慌ただしく、顔を見に行く時間を作れずにいた。そろそろ行こうと思っていたところだったからちょうど良い。


 「日曜は非番だし、玲奈の予定と合うなら行って来るよ」


 「ありがとな!玲奈には伝えとくから」


 「私からもメールしておく」


 玲奈が炭酸水にはまっていると言っていたから、それを手土産にしようと飲み物を取りに立ち上がった。








 「これより神室町の巡回に行って参ります」


 「気を付けて任務に当たるように」


 「はい」


 私ともう1人の隊員が担当している区域は神室町という都心にある繁華街で、眠らない街と言われているところだ。様々なサービス業のチェーン店があればキャバクラやホストクラブもあるし、外国人が経営する怪しげなお店、裏社会に身を置いている人々の事務所まである。表通りから一歩足を踏み入れれば別世界のようなエリアもあり、光と影が共存している、様々な意味で賑やかな街でもあった。
 かつて公にできない任務で裏社会と呼ばれる世界に足を踏み込むはめになった時、そこに生きる彼らと海外マフィアから神室町を守る為に共同戦線を張ったことがあった。お陰で大怪我をして半年ほど休職するはめにもなったけれど。
 それでも命が助かったのだから私は良い方なのだ。表に出ることもなかったこの事件で亡くなった人もいるのだから…。


 「……」


 その時の記憶を脳裏で過ぎらせて踏み込んだ神室町は、いつもと変わらず大勢の人々で賑わっていた。
 買い物を楽しんでいた女性達やデートを楽しむカップル。特にこの日は週末だし、あちらこちらで飲み会を開いているところも多いだろう。実際、既にアルコールが入って上機嫌になっている人達もいるので酔っ払い同士のトラブルが起こることも考えられる。
 
 


 神室町に慣れていないカップルに駅までの道を尋ねられたり、同じく巡回している警察官と状況を確認しながら任務をこなしていると、血相を変えた若いサラリーマンに呼び止められた。


 「けっ、喧嘩です!不良っぽい男の人達が外で喧嘩をっ…!」


 「どちらですか?」


 「『串蔵』の横です!同僚が警察を呼びましたんで!」


 あの居酒屋か…!

 即座にそこの風景が浮かび、サラリーマンに短く礼を述べて走り出す。
 現場に向かって視界に飛び込んできたのは、気を失っている若い警察官と壊れた自販機、粉々に割れた瓶の上で派手に喧嘩をしている複数の男達だった。


 「危険ですからもっと離れて下さい!」


 辺りにいた人々に呼び掛け、すぐさま男達に走り寄る。


 「止めなさい!」


 「うるせぇ、邪魔すんな!!」


 「止めろ」と言って止めればここまでの騒ぎにならないのは分かる。警察やWGOが出ているのに治まらないというのは余程頭に血が上っているのか、止めに入ったのが女である私だからなのか。いずれにせよ速やかに収束させたいところだが、こちらから手出しをすることは刑法上許されない。ならば仕方ないと、拘束術で対応しながらこちらに殴り掛からせる作戦に出た。


 「止めなさいと言ってるわよね?!」


 「邪魔すんなって…言ってんだろうが!!」


 1番近くにいた男達の間に入ると相手を私に変えてすかさず殴り掛かってくる。それをサラリとかわすと、今度は私の反応に逆上して蹴り掛かってきた。


 「足技なら私の方が上ね」


 「なっ…?!」


 男の足を腕で止めて素早く掴んで引っ張ると、バランスを崩して無様にひっくり返り、その拍子で打った背中の痛みに呻いている。


 「だから止めなさいって言ってるのに」


 そう零しながら周りに視線を移すと同時に、今度はひっくり返った男の相手だった1人が殴り掛かってきた。拳を掌で難なく受け止め、殴り掛かってきた勢いを利用して一本背負いで投げる。骨折などの大怪我をしないように投げ方には気を付けたつもりだが、下がアスファルトだと痛みは強そうだ。


 「もう何も言わなくても分かるでしょう」


 冷たい視線と共に送った静かな威圧感に恐れをなした様子の男達が武器としていた瓶と瓶ケースを手放して逃げようとしたところで、駆けつけた警察官達に器物損壊と公務執行妨害で現行犯逮捕されていた。もしかしたら他に容疑があるかもしれないが、それは警視庁に任せるしかない。

 それよりもあの警察官は…。

 気を失っている警察官の元へ急いで向かい、ネクタイとYシャツのボタンを緩めて肩を叩くと、痛みに顔を歪めながら意識を取り戻した。見えないところを怪我していたり頭を打っている可能性は充分にある。むやみに話し掛けない方が良いと判断し、救急車を呼んでその場に安静させることにした。
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