Craspedia

□Craspedia 第1章 -zero-
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 屋敷に着いてからは、使わせてもらうことになった部屋を整えたり屋敷の中を案内してもらったりしているうちにあっという間にお昼になった。昼食が出来上がるのを待ちながら、部屋の窓際で頬杖をついて外を眺める。
 真新しく映っているからかもしれないが、クリーム色の煉瓦道と緑のコントラストが美しく、所々に見える赤い屋根が花のようで眺めていても飽きることはなかった。

 ここが肩書きや常識が通用しない世界か…。

 そう思うと気分は複雑になったが、肩書きが通用しなくてもWGOの隊員である私が出来ることと言えば『守ること』だろう。


 「でも…」


 常識が通用しないのなら、実力が通用するかも分からない。だとしたらゼロからスタートすることになる。努力が必要になるとは思ったけれど、想像以上のものになるかもしれない。子どもの頃からWGOの隊員になると決めていた私にとっては、スタート地点までは随分と長い距離を戻ることになりそうだ。
 その準備をしておいた方が良いのだろうか、などと思っていると、ドアのノック音とメイドの声で現実に引き戻された。


 「アヤナさん、昼食の準備が出来ましたよ」


 「今行きます」


 ルウェインを待たせるわけにはいかないと、慌てて部屋を出て1階のダイニングルームへと下りる。


 「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」


 既に席に着いていたルウェインの向かいに座ってすぐに、カルボナーラとスープ、サラダが運ばれてきた。


 「いただきます」


 「それはアヤナさんの世界の習慣ですか?」


 ルウェインと2人のメイドが両手を合わせた私を見てきょとんとしている。


 「あ…。これは、食事の挨拶です」


 「食事の挨拶、ですか」


 「動物などの命をいただくわけですから、その感謝の言葉なんですよ」


 「なるほど。素敵な習慣ですね」


 「その命を育んでくれた自然と、食事を作ってくれた方への感謝の気持ちも含まれます」


 「そうですか。では私も」


 ルウェインが私に倣って「いただきます」と両手を合わせる姿に少し嬉しくなりながら、色とりどりのサラダに手をつけた。








 「この世界を知るには何から始めたら良いでしょうか」


 せっかくなので「ごちそうさまでした」も教えた後、食後のコーヒーに角砂糖とミルクを入れながら尋ねてみると、ルウェインが隣の椅子に置いていた2枚の地図を取り出した。


 「まずはこの街を知ることから始めましょう。大丈夫です、きっとすぐに慣れますよ」


 「…頑張ります」


 テーブルに広げられたダリルシェイドの地図を眺め、この家がどの辺りなのか城を出てから歩いた道を思い出しながら探してみる。「この辺りですか?」と聞いてみると、「合っていますよ」と笑顔で頷いてくれた。
 他にも港までの行き方や買い物や食事が楽しめる大通りなどを教えてもらい、お腹が落ち着いた頃に散策に連れて行ってもらうことになった。


 「ところで、アヤナさんの世界にモンスターはいますか?」


 「モンスター、ですか…?」


 そう聞いて思い浮かんだのは、鋭い牙や爪を持つような得体の知れない生物だ。そのような存在はゲームの世界だけだと思っていたけれど…。


 「その反応だといないようですね」


 「え、えぇ…」


 「では、レンズもありませんか?」


 「レンズ?」


 話を聞くと私の世界で一般的に知られているレンズとは全くの別物のようで、この世界の重要な資源なのだそうだ。


 「これがレンズです」


 今度は質の良い袋を取り出し、そこから色とりどりのレンズがテーブルに転がる。私が想像していたものより遥かに綺麗で、近くに転がってきた黄色いレンズを手に取って照明にかざした。研磨すれば本物の宝石に引けを取らないほどのものになりそうだ。
 そこでふと、ラグナ遺跡で見たガラスのようなものを思い出す。あれもレンズなのだろうか。


 「レンズとは一体何なのでしょうか?」


 「宝石のように見えますが、そうではありません」


 「え…?」


 「知人の研究者によると、千年以上前に巨大彗星や多くの隕石が地球に衝突して、生物の約半数の生命が一瞬にして失われたのだそうです。その巨大彗星や隕石に含まれていたのがレンズだと言われています」


 「これが…」


 手にしたままのレンズは、この世界の全ての命を脅かす原因になったものとは思えないほど美しかった。けれどそれは紛れもない事実で、彗星の衝突によって巻き上げられた粉塵が太陽の光を遮り、氷河期のような時代を迎えたのだと言う。


 「ですが、多くの命を奪ったレンズは人類の希望の光とも言える新しいエネルギー資源でもあったのです」


 それまで使用されてきた天然資源とは比べものにならないほどエネルギー効率に優れていたレンズは、その時代の人々によってレンズ技術が確立されたらしい。


 「何らかの原因によってレンズ技術が廃れてしまった時期があったようですが、それを再び甦らせて生活に浸透させたのがオベロン社…ヒューゴ・ジルクリスト総帥です」


 コーヒーを啜ったルウェインが照明や冷蔵庫などを指す。これらは全てレンズ技術を駆使したものだと言う。


 「今ではレンズは私達の生活に欠かせないものですが、モンスターを生み出す原因でもあるのです」


 「…どういうことですか?」


 知人の研究者から聞いた話が専門的な内容だった為にルウェインも詳細は分からないそうだが、レンズは特殊なエネルギーを持つ物質でもあるようだ。モンスターはそのエネルギーと深く関係しているらしい。


 「モンスターは野生の動植物がレンズを取り込んで凶暴化したものです。街の中に侵入する習性はないので、外に出なければ安全ですが」


 「なるほど…」


 これまた凄い世界に来たものだとコーヒーカップに口を付けると、来客者を告げる玄関のベルが鳴った。


 「私が出ます。お2人は片付けをお願いしますね」


 メイド2人が対応しようとしたのを止めたルウェインが席を立ち、「地図を見ていて下さい」と言い残して玄関へと向かう。その言葉に甘えてもう1枚の地図を広げてみると、それはセインガルド全土のものだった。
 森林が多いのは日本と似ているものの、街が数えるほどしかないことに驚いた。モンスターの存在といい街の数といい、私の世界とは何もかもが違うと思い知らされたような気がした。「郷に入れば郷に従え」という言葉があるが、まずはこの環境に慣れなければそれも出来ないだろう。ルウェインの言う通り、まずはダリルシェイドを知ることから始めた方が良さそうだ。


 「アヤナさんにお客様ですよ」


 「へ?」と素っ頓狂な声を出して振り返った先には、眼鏡を掛けて白衣を着た男が立っていた。


 「彼は国立研究所の研究員、レイノルズです」


 「レイノルズです。ヨロシク」


 歳は近そうだが白衣はくたくたで、髪の毛はぼさぼさだ。人当たりの良い笑顔を浮かべてはいるが、世間離れしていそうな雰囲気に研究者と聞いて妙に納得がいってしまった。


 「アヤナ・サナダです。宜しくお願い致します」


 手にしているケースは何なのだろうと疑問に思いながら挨拶をすると、その視線に気付いたレイノルズがケースを開ける。


 「あ…」


 「実は、これに興味を持ったものでね」


 ケースの中に入っていたのは私が持っていた銃だった。何でもドライデンが持って来たのを見て、今後の研究の為に威力を知りたいと思ったのだそうだ。予備のマガジンがあるのは確認していたから問題はないけれど、この銃で使える銃弾がなければこの先は役目がなさそうだ。
 「発砲許可を得ること」と「見学者の安全が確実に保障される場所の提供」、「銃声に備えた周囲への配慮」を条件に引き受けると、既に準備はできていると言う。ある程度の威力は予測済み、ということらしい。
 同行を申し出てくれたルウェインと3人で街の外れにあるという兵士の訓練場へと向かった。



 そこへ向かう道中、レイノルズの研究内容などを聞いたりしているうちにある程度打ち解けることができた。私にとっては彼は心強い存在の1人になるかもしれない。


 「あー、そうそう。僕、堅苦しいのってちょっと苦手なんだよね」


 「話し方のことですか?」


 「そう。目上の人に敬語を使うのは当たり前だけど、歳が近いのに敬語だなんて肩が凝りそうでさ」


 「肩は凝らないけど、私もそういうタイプです」


 「じゃあ、その方向で頼むよ」


 それなりに打ち解けてきたら友人口調を交えた話し方にして様子を見るのであって、私は決して馴れ馴れしいわけではない。
 今のやり取りとからして、レイノルズはわりと早い段階で「敬語は使わなくていい」と伝えているようだ。


 「訓練場まであと少しだから」


 「分かった」


 そう話した十数分後に着いた訓練場には、鉄板やレンガなど、銃の威力を確かめる為に使うであろう様々な物が用意されていた。その種類の多さに何発撃てば良いのだろうと思わず苦笑いを浮かべてしまうのだった。
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