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□Craspedia 第4章 -島国に思いを馳せて-
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 無事に海底洞窟を抜け、ソーディアンの力を借りて辿り着いたモリュウの街は、重々しく、そして息苦しい雰囲気に包まれていた。
 大人たちは言葉少なに仕事をこなしており、元気に過ごすべき子ども遊んではいるが、その話し声はまるで内緒話をするように大人しい。その雰囲気は外から見た時よりずっと重くて息苦しくて、武力制圧の影響が想像通りだったのが空しかった。当然、そんな私たちにはひんやりとしてきた風に揺れるススキと、薄っすらと黄金色に染まり始めた満月に風情を感じる余裕はない。


 「ひとまずは…宿屋かな」


 「あぁ」


シデン領と同じく情報収集を行いたいところだが、この街の移動手段は舟のようでそれでは万が一のことがあっても逃げようがない。恰好だけでも浮いている私たちが舟で無闇に移動するのはリスクがあるし、まずは人目のつかないところへ避難するのが先決だろう。どうするかはそこで決めればいい。


 「って言っても、あたしたちは地理に詳しくなければ文化も違うから、何処が宿屋なのかも分からないわよ?」


 「せめて、宿屋の場所だけでも聞き込みをしなければならないな」


 そうだ、皆は漢字を読めないんだっけ。

 皆は品物が並べられている店であれば何屋か理解は出来る程度で、スタンに至っては「このお店、何て読むんだろう?」と大きく『団子』と書かれた掛け軸に首を傾げている。場違いだと分かっていながら思わず笑ってしまった私に、きょとんとした皆の視線が集まった。


 「私、分かるよ」


 「本当ですか?!」


 「探して来るから、みんなはここで待っててくれる?」


 「アヤナ、頼む」


 宿屋を見つけた後も、全員でゾロゾロと行くよりかは数人に分けて行った方が無難。私に宿屋探しを頼んだ時のリオンの表情が気になったが、その理由を尋ねるのは落ち着いてからで良いか。私の姿が街へと溶けるのに、そう時間は掛からなかった。


 


 皆でも察しのついた八百屋、本屋、小間物屋。シデン領でも見掛けた赤提灯が吊るされた居酒屋の隣に、目的地となる宿屋はあった。外から中を見てみたが、この国の状況が状況だけに開店休業状態らしい。思いの外すんなり見つけられたので、ひとまず皆のところに戻ろうと踵を返した時だった。


 「モリュウ領の民よ、今すぐ港へ集合せよ!」


 不快な野太い声に思わず眉を顰める。鎧を身に着けている辺り兵士のようだが、モリュウ領の人間かまでは分からない。


 「恐れ多くも、ティベリウス大王陛下が帰国にあたり、お言葉を下される!」


 ティベリウス…。

 確か、グレバムを参謀に迎えてモリュウ領を制圧した人物…だったか。グレバムがいる可能性もあるので港へ向かってみる価値はありそうだが、まずは皆のところへ戻らなければ。






 小走りで戻った街の入口付近には、女性陣のみがその場に留まっていた。


 「リオンとスタンは?」
 「アヤナ、さっきの聞いた?!」


 私とルーティの声が重なり、彼女の腰元に携えられたアトワイトが宥める。どうやらリオンは「アヤナが戻り次第宿屋へ向かえ」と言い残して港へ向かってしまったらしい。そして、リオンが心配になったスタンが彼を追う形で行ってしまったのだという。


 「もうどこから突っ込んだらいいのか…」


 2人の関係性が若干心配だが、まさかリオンが皆を置いて行くとは思わなかった。少しは信頼出来るようになった証拠だとすればそれはそれで喜ばしいことだけれども。


 「うーん、宿屋は見つけたからひとまずそこに行こう。話はそれからだね」


 『ディムロスとシャルティエには、儂から伝えておこうかの』


 「ありがとう」


 「こっちだよ」と宿屋のある方向を指すと、小さく頷いた皆が私に続いた。














 私たちは一足先に宿屋へ向かい、2人の帰りを待つ…はずだった。


 「ゴメン、見つかった!」


 「バカー!!アンタのその頭じゃ目立つに決まってんでしょー?!」


 その途中、全速力で逃げて来た2人と最悪な形で合流した。久しぶりに吠えるルーティに、「ち、違う!」と狼狽えながら否定するスタン。そして、『無駄口を叩くな!』と叱責するディムロス。


 「港で何があったかは分かんないけど、やるべきことは良〜く分かるよ」


 走りながら追手をチラリと見た。鎧を着て良くあんなに走れるものだと感心してしまったが、やはりペースは遅い。


 『何じゃアヤナ、随分余裕があるのぅ』


 「どうなるか分かんないけど、コレを使えってことかな、と」


 ポーチから取り出したのは、レイノルズが送り付けてきた送ってくれた煙幕弾。もう少し走れば道幅が狭くなるし、これを使うには絶好の機会。
 「何それ?!」と余裕なく叫ぶルーティの声を背中に浴び、追手に向かってニヤリと笑ってみせた。


 「…くらえぃっ!」


 タイミングを見定め、煙幕弾を思いっきり地面に叩き付けてやる。瞬く間に桃色の煙と…フローラルの香りが辺りに立ち込めた。


 「何で無駄にいい香りが付いてるのよ?!」


 「レイノルズに言ってね」


 『ありがたいですけど、何やってるんですかレイノルズは?!』


 実際に伝えようものなら、「リラックス効果があった方が良いかと思って」などと言うのだろう。その光景が容易に浮かぶ。
 何はともあれ、上手くいったのだからそれで良い。後方からは兵士たちから「何だこれは?!」「ふざけたものを使いやがって!」などと、見えない私に向かって怒号を飛ばしてきてはいるが。
 念の為もう1個使おうと取り出そうとしたら、桃色の煙の中でガラガラと何かが崩れる派手な音と、それに巻き込まれたらしい兵士たちの悲鳴が上がる。


 「このまま逃げ切るぞ!」


 「何処まで逃げるんだ?!」


 「アヤナ、宿屋って何処?!」


 「とっくに通り過ぎたよ!」


 来た道を戻るわけにはいかないし、悲鳴を上げたいのはこちらも同じだ。もういっそのこと城に乗り込んでしまおうかと、我ながら思いきった考えが過ったその時…。


 「お困りのようだな、おまえさんたち」


 「っ?!」


 突如建物の死角から現れた、金髪の男。赤、金、薄紫…他にも彼を際立たせる色彩はあるが、その身なりは私たちよりも更に上を行く派手さだ。…いや、上どころか、彼と並べば私たちなど目立つ部類にすら入らないかもしれない。ルーティも「あのスタンより目立ってる…」と怪訝な目で見ているし。


 「俺について来な。話は後だ」


 「どっからどー見ても怪しい奴について来いって言われて、ほいほいついて行く人間がいると思う?」


 「うーん、俺には悪い人には見えないけどなぁ」


 「色々と聞きたいのはお互い様だろうが、今は安全なところへ行くのが賢明だと思うぜ。せっかく奇妙な道具で敵さんを撒いたわけだしな」


 奇妙な道具、と言ったところで男は私と後方を見やった。桃色の煙が薄れてきている。あの様子では、猶予はあと少し。
 「やっぱりもう1個使わないとダメか」と新しく煙幕弾を手にすると、シャルティエが『この方は…』とポツリと零し、それを投げるのを留めた。


 『坊ちゃん、差し出がましいかもしれませんが、この方について行きましょう。大丈夫です、僕が保障します』


 「……。何処まで走ればいい?」


 「そう来なくちゃな!こっちだ!」


 妙に勢いづいた男にリオンが続く。皆が戸惑いながら2人の背中を追い始めたのと、「まぁいいか」と煙幕弾を兵士たちへと投げ付けたのはほぼ同時だった。





 このまま安全なところへ誘導してくれるのかと思いきや、男は私たちを一旦蔵に匿った。
 外の様子に耳をそばだてていると、兵士との小競り合いの後、何故か聞こえて来たのは男の歌声。


 ―逆巻く波頭を乗り越えて いざ進まん 黒十字の旗の下 男達よ、いざ集え 大海原は我らの庭だ―


 「…普通、そこで歌う?」


 「シャル、あの男は一体何者なんだ」


 『あの方は、ジョニー・シデン。現シデン領主、アルツール・シデン様の三番目の御子息ですよ』


 「…は?」
 「…は?」


 私たちの間に流れる時が、一瞬、止まった気がした。
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