Craspedia

□Craspedia 第5章 -Real me-
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 「私は出汁をとるね。マリーはこれを一口サイズに切ってくれる?」


 「あぁ、任せてくれ」


 大人数だと食事の準備は大変だろうからと、早めに夕飯の下準備に取り掛かった私のところにマリーが手伝いに来てくれていた。記憶喪失とはいえ自身が料理好きなのは覚えているようで、包丁さばきは手慣れたものだ。


 「『出汁』というのは、わたしたちの料理で言うブイヨンやコンソメのようなものなのか?」


 「うーん、そうなるかな」


 マリーがあっという間に切り終えた材料をボウルに入れ、昆布とかつお節で出汁をとる私を興味深そうに眺めてくる。


 「出来上がったら、少し味見をさせてもらえないか?」


 「うん、もちろん」


 出汁さえとってしまえば様々な料理に使えること、その出汁にも煮干しを使ったり種類がいくつかあること。それらを説明しつつ醤油やかつお節を味見し、新しい味により興味を沸かせるマリー。彼女の口には合っているようで、皆の口にも合うのではないかと淡い期待が生まれた。皆は磯辺焼きも美味しそうに食べていたし、醤油風味のものは大丈夫そうに思える。料理が不得意な船員が揃っているせいか手軽に食べられる餅もあるし、誰かが小腹が空いた時に作れそうだ。


 「この香りは『おでん』のスープと似ているな。…なるほど、『出汁』は幅広く使えるのも分かる」


 「機会があったら何か作ってみたい」と笑ってくれたマリーに同じ笑みを返した。
 何故私が初めて来たはずのアクアヴェイルの食べ物に慣れ親しんでいるのか。
 思い違いかもしれないがマリーはこうしている間もそれを聞かずに接してくれるし、甘味処であれこれ教えてもそれに触れなかった皆の優しさが嬉しかった。…美味しさに夢中になっていただけかもしれないけれど。


 「…あ」


 「どうした?」


 「リオン、トウケイ領で何も食べてないみたいだから、買っておいたお団子を持って行かないと」


 「リオンなら入口近くの部屋にいるはずだ。必要ならわたしたちが買った『煎餅』や『饅頭』も持って行くといい」


 「ありがとう。ちょっと行って来るね」






 「リオン」


 シャルティエと静かに部屋で過ごすリオンのもとを訪ねてみる。
 今までより速いスピードのおかげか揺れも少なく、船酔いしている様子はない。


 「トウケイ領で何も食べてないでしょ。これ食べて」


 「何だこれは?」


 「『団子』っていうの。こっちは甘辛いタレ、こっちはあんこっていうのがのってるもの。これは『わらび餅』ね。どれももちもちしてて美味しいよ」


 「喉に詰まらせないようにゆっくり食べて」と麦茶も乗せたお盆をテーブルに置くと、やはりお腹が空いていたらしい彼が早速それを手にする。みたらしとあんこが2本ずつ。しょっぱい煎餅なんかも持って来た方が良かっただろうか。
 それを尋ねたら「充分だ」と返ってきて、私の言う通りゆっくりと食べる姿は「美味しい」と言っているようで。新たな発見と共に思い出し笑いをしてしまう。


 「ふふふっ」


 「…急に何だ」


 「前にもあったよね、こんなこと」


 『あぁ、あの時はミルクレープでしたよね』


 「じゃ、私はわらび餅たーべよっと」


 きなこが落ちないように手を添えてパクリと食べてみせると、その味が気になったらしいリオンもそれを食べる。


 「美味しい?」


 「…あぁ」


 「なら良かった」


 ミルクレープの時とは異なり、「美味しい」と返してくれたのも嬉しかった。


 『坊ちゃんは『あんこ』がのったものが気に入ったみたいですね。食べられないのが残念です』


 リオンが食べ終わった後、一応煎餅を数枚持って行くと艦内が一気に冷え込んできた。ファンダリアに近付いてきたのだろう。船員に暖炉の薪に火を焼べてもらい、それぞれが温かい飲み物を共に暖をとる。「ほとんど世界一周しちゃったね」などと話していると、外の様子を見ていたらしいフィリアが両手を擦りながら艦内に戻って来た。


 「外はもっと寒いですね。雪まで降ってきました」


 「雪…」


 何かを思い出したかのように部屋を飛び出していくマリー。それに驚いた私たちもそれに続いた。


 「こんな景色を…前にも…」


 ルーティやスタンと出会ったのはファンダリアと聞いている。雪景色はたくさん見てきただろうが、今のそれと何かが重なろうとしているのだろうか。


 「あ…」


 「マリー?!」


 「何だろう、今の感覚…。急に心臓を掴まれたような…」


 「…中へ戻りましょ。ゆっくり休んだ方がいいわ」


 「あ、あぁ…」


 ルーティに付き添われ艦内に戻って行く。トウケイ領で美味しそうに甘味を食べたり、料理の下準備を手伝ってくれた彼女とはまるで別人のように顔色が悪かった。
 彼女のことはルーティに任せようとなって皆も中へと戻って行くのを見送って、私も空を見上げた。

 あの時の方がキレイだったな…。

 トウケイ領でも思い出したウッドロウとの思い出。ジェノスまでの道のりも思い出した。


 「アヤナ」


 どれぐらいその場に佇んでいただろう。1人でいることに気付いたリオンが私の様子を見に来てくれていた。


 「風邪を引くぞ」


 リオンが防寒具を掛けてくれた優しさに心が少し温まる。


 『アヤナは雪とかファンダリアに思い入れがあるの?』


 「皆には話してなかったね。…私、この任務に就く前にウッドロウと会ってるの」


 『え…、そうだったんだ』


 「トウケイでボーッとしていたのはそれか」


 「うん。あの時はごめん」


 ようやく辻褄が合ったらしい。ただ1人私が俯いて密かに拳を握っていたのにも気付いていたようだ。
 「ウッドロウ、無事だといいんだけど…」とポツリと零してファンダリアの方角を見やった。

 でも、個人的な理由で動くわけにはいかないし…。


 「次こそグレバムを倒して、神の眼を取り戻さないとね」


 『アヤナ…』


 「守りたいものがあるのなら、守りたいと思うだけで充分だと僕は思う。…ただ、スタンのように突っ走るようなことはしてくれるなよ」


 『坊ちゃん…』


 「うん。ありがとう…」


 『…坊ちゃんもアヤナも中に戻りましょう。風邪を引いて任務に支障が出たら大変ですから』


 気が付けば手がかじかんでいる。息で温めたぐらいでは治るはずもなく、そろそろ暖をとらなければ本当に風邪を引いてしまう。
 今度こそ中へと戻り、フィリアが淹れ直してくれた緑茶で冷えた体を温め直した。


 「ところで、グレバムって何か目的があって世界中を回ってるのかな。ディムロスはどう思う?」


 『我にも何とも言えん。判断する材料が少なすぎる』


 「そうだよなぁ…」


 神の眼に関しては私たちよりもソーディアンたちの方が遥かに知識がある。その彼らが『何とも言えない』と言うのだからここで答えなど出るはずがない。
 とにかく今の私たちが出来るのはグレバムの追跡。ファンダリアに着いたらまずは聞き込みだ。それに皆が頷き、ファンダリアへの到着を待つ他なかった。
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