Craspedia
□Craspedia 最終章 -Guardian-
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『アヤナ、起きろ。アヤナ、起きろ!』
全てが終わった翌日、すやすやと眠っていたところをディムロスに叩き起こされた。
勢い良く起きて何事かと部屋を見渡すが何かが起こったわけではない。強いて言うならば…。
「あ、ディムロスを預かったんだった…」
大きな欠伸をしてもそもそと起きる。時計を見れば午前10時過ぎ。あの任務を終えてルウェインにゆっくり休むよう労ってくれたその言葉はディムロスも聞いていたはずだ。それなのにどうして起こされなければならないのだろう。
『昨日、リオンと報告書をまとめると約束していただろう。シャルティエがこちらへ向かって来ているぞ』
「約束は午後じゃなかったっけ?!」
「せめて午前中は寝かせて欲しい」と頼み、渋々了承してくれたのは覚えている。
窓から外を眺めてみると確かにリオンが、そして確実にこの屋敷に向かって来ている。
バタバタと寝具を直してクローゼットから軍服やら下着やらを取り出し、部屋着を脱ごうとしたところでディムロスに止められた。
『き、着替える時は我のコアクリスタルを壁に向けろ!』
「機能を停止してればいいじゃない!」
『そういう問題ではない!』
どういう問題なんだと思いつつ、これからはこうしないとその度に怒られることになるのか。
ディムロスの言う通りにしているうちに来客を知らせるベルが鳴り、とにかく急いで着替えた。
「時計止まってたぁ…」
最後に身につけた腕時計でようやく気付く。どうりで叩き起こされるはずだ。程なくしてメイランの私を呼ぶ声が聞こえ、「今行きます!」とディムロスを引っ掴んで部屋を出た。
『アヤナ、寝起きでしょ』
「ごめん、時計止まってた…」
「そんなベタな言い訳が通用すると思うか?」
「ホントなんだってば!」
ディムロスに同意を求めると、『我が起こしたから嘘ではない。もう少しだけ待ってやってくれ』と冷静に返してくれた彼を一旦リオンに預け、顔を洗いに洗面所へ向かう。待たせてしまっているのだからいつもの髪型にする時間はない。サッと1本に結わいてバタバタと玄関へ戻った。
「お待たせ…」
「行くぞ」
その言葉と共にディムロスを受け取って鞘のベルトを腰に通し、見送りに出て来てくれたイリアとメイランに食事の用意は夕食だけで良いと伝えて屋敷を出た。
そうして向かったのは城にある資料室。ここならば落ち着いて作業が出来ると聞いていたが、私は来たのは初めてだ。
城に出入りする者ならばいつでも行けるようなので、時間があったらまた来てみようと壁際のテーブルでリオンの向かいに座り、早速リオンが懐から数枚のメモを取り出してテーブルに並べた。ハイデルベルグ城で食事に呼んだ時に見えていたのはこれだったようで、箇条書きで出来事の度に矢印を書いてあって分かりやすかった。
「私も一応メモをとってあるよ」
ズボンのポケットから手帳を取り出してそのページを開こうとしたところで、ヒラリと桜の花びらが落ちる。
そういえばノイシュタットで、徹夜明けでそのまま桜を見に行ったんだっけ…。
それがほんの数日前だったおかげか桜の花びらは色褪せておらず、そっと使われていない後ろ側のページに挟んでおく。
「アヤナの世界にも桜はあるのか?」
「うん。向こうでは『花見』っていう、お酒や美味しい物を食べながら桜を見る行楽があってね。たくさんの人が桜を楽しんでたよ。…まぁ、お酒や食べ物ばかりであんまり桜を見てなかったりするんだけど」
『それでは意味がないではないか』
「現代ではすっかりそうなっちゃったけど、大昔に豊作祈願として始まったのがルーツみたい」
当時は神様を迎える大事な行事だったものが何故どんちゃん騒ぎになっていったのかは分からない。
『じゃあ、酔っ払いの仲裁って…』
「うん…、毎年巡回する度に何回もした…」
『どれだけ治安が悪かったのだ?』
「普段は花見をする場所はいいよ。ただ巡回を担当してた街が何でもありなところだっただけで…」
神室町はそこだけ切り取られたかのように独特な雰囲気で、裏社会の者たちが介したりなど本当に何でもありなところだった。間違えて一歩入れば黒い臭いが漂い、運が悪ければゴロツキなどに絡まれる。一般人はそうなれば最後、ボロボロにされて金銭を巻き上げられるのがオチだ。この世界に来る直前もそれに似た連中の喧嘩を止めたっけ。
「ある意味この世界は平和だわ…」
『アヤナの世界が良く分からなくなってきたよ…』
「知らない方がいいよ」と返してメモをとったページを開いてリオンに向けたが、それを見るなり眉間に皺を寄せた。
「…アヤナ、読めん」
「…ごめん」
報告書の件を聞いていたとはいえ、深く考えずに書き慣れている日本語で書いていたのは素直に謝る。
リオンと私のどちらかがいなかった分のことはお互いで補い合って書き進めてゆく。出来事の順番としてはラディスロウでの行動がそれにあたる。
そして…。
「……」
カルビオラ神殿まで書き進めた時、ふとリオンが珍しく視線を落とした。
昨日『友』と認めたスタンが石化し、それに構わずグレバムを追おうとしたことを今でも気にしているのだろうか。それを払拭させてあげたくて、下書き用の紙にペンを走らせる。ここはリオンの知らない状況でもあるし、ここは私視点で書くのが良いだろう。
“数多の神官とモンスターと交戦中にスタン・エルロンがバジリスクの攻撃により石化、対応に追われている間にグレバムは神の眼と共に姿を消し、消息を絶った。”
「これでいいじゃない」
「そう、だな…」
「忘れろとは言わないけど、あの時はリオンもリオンで必死だったんでしょ?その後はみんなで協力して進んできたし、皆も気にしてないはずだよ」
『アヤナ、ありがとう』
こうやってお互いの視線で書いていけば自然と報告書は出来上がっていくはずだ。リオンも私の知らない間にバルックとイレーヌがヒューゴに提出する報告書について打ち合わせをしていたというから、それに合わせつつフィッツガルドまで書き進めていく。
こうしてアクアヴェイルに辿り着いた時、書かなくても良いであろうことが次々と浮かんでくる。押し付けられた海底洞窟のモンスターの討伐がまさにそれだ。
あれは…、書かなくてもいいかな…。
リオンがメモを確認する向かいで真顔になる私。バティスタとティベリウス討伐で成果を挙げてアクアヴェイルの問題も解決したし、海底洞窟の件もそれも含まれると考えておこう。
『グレバムとバティスタはアクアヴェイルに大きく関わっていましたし、ここだけで膨大な量になりそうですねぇ』
「シャルティエ、それは言わないで…」
どの国よりも多くなるであろうそれに項垂れる私をよそに、リオンは黙々と書き進めたのだった。…「ボートには二度と乗らん」とあの時と同じように零しながら。
『これでアクアヴェイルまでは完成だな』
4人であれこれ話しながら書くこと数十分。ようやくそれが終わった。
大きなため息をつき、一息つきたいと思い始めた私をよそに、リオンは下書き用の紙にスノーフリア周辺で起こった出来事をサラサラと書いている。
…私がいなくても書けるんじゃない?
それを口にしようものならあの鋭い睨みを受けることになるので、大人しくスノーフリアでの出来事を思い出す。記憶に新しいのでどの国よりもスムーズに下書きが完成した。
スノーフリアでグレバムによってファンダリアが危機に陥っていたこと、ウッドロウとチェルシーの救出組と怪我人の手当て組に分かれたこと。スノーフリアではフェイトたちの協力があったこと。サイリルで重要人物であるダリスの存在を知ったこと、ハイデルベルグに到着後は地下通路を通じて城へ進入したこと。私たちの前に立ちはだかったダリスを説得し、反乱軍の解散に至ったこと。
「サイリルの人たちは納得したのかな」
「どうだろうな。あの街はグレバムを歓迎していた者もいた。納得出来ていない者に対してはダリスとマリーが説得するとは思うが」
『そこは少々気掛かりな点ではあるな』
近々ウッドロウの即位祝いでファンダリアに赴くことになるので、もしダリスとマリーも出席していたら何処かでそれとなく聞いておこう。
「あとは…」
次は時計塔でのグレバム戦のところだ。
私が飛行竜の足止め役に徹したこと、その間に皆がグレバムと戦って討ったこと。
それも下書きして納得のいく文章にした後に報告書に書いていくリオン。
彼がそこを書き終えた時、今までと異なったペンを止める動きを見せた。何かを思い出し、気になることがある様子で、私たちを見回す。
「…グレバムの今際の言葉を覚えているか?」
“結局は奴の思惑通りか。さぞ満足だろうな”
“くくく…、なるほどな。所詮は貴様も私と同じか”
“己が駒に過ぎないことを自覚していない奴は幸せだな…”
唇に手を当て考えても何を指すのか全く読めない奴の言葉。それは3人も同じこと。
「書いた方がいいのかな」
『僕は書かない方がいいと思う』
『我も同意見だ。奴の言葉の意味が誰にも分からん以上、わざわざ国王の心配を煽る必要はない』
確かに一理ある。だがそれも報告しないのも気が引ける。ただそれはあくまでも私の考えなので、どちらが良いかと聞かれれば前者だ。
「何かが分かったらその時に陛下に報告すればいい。いいな、アヤナ」
「…分かった」
ひとまずは4人の預かりとなり、ハイデルベルグで待機中に行ったことを書き上げて報告書は完成した。私の署名は誰も真似をして書けないであろう『真田 綾菜』にしておく。あの時にウッドロウが尋ねてきた通り、この世界では特に偽装防止として役に立つはずだ。
「あ、そういえば」
“少し時間は掛かりそうだが、即位の祝いを開く際は是非アヤナさんも参加して欲しい”
ウッドロウ絡みで思い出した言葉。「そのうち連絡が入るんじゃないかな」と伝えておく。
『次期国王直々に誘われたならアヤナが出席するのは確実なんだろうけど、セインガルド代表で行くのはアヤナだけじゃなさそうじゃない?』
「リオンとか?」
「…僕も行くのか?」
「セインガルドの中でファンダリアの件に深く関わったし呼ばれると思うけど」
再び刻まれた眉間の皺。国王直々に招待されるのは有難い反面、気分は複雑のようだ。その意味を察して、手を後頭部に回して体を椅子に預けた。
「リオンは能天気で図々しくて慣れ慣れしい奴が大嫌いだもんね〜」
リオンは容姿も良いし、王国客員剣士という立派な肩書がある。ファンダリアの貴族の娘がいれば囲まれるのが安易に想像出来た。図星だったようで私から視線を外したが、先に「そればかりは私の役目じゃないからね」と伝えておく。
『じゃ、じゃあアヤナが恋人役を演じるとか…』
「何歳離れてると思ってるのよ。10歳よ?どう考えても無理があるって」
『それなら姉として』と言い出すかと思いきや、『こうなったらどうしようもないですね…』とコアクリスタルを控えめに点滅させた。
…まぁ、仕方ないからあの時城で女の子に囲まれた時みたいに何とか助け舟を出せるように何か考えてあげようかな…。
こうして無事に報告書を陛下へ提出し、実は少し苦手な事務的作業から解放された私は城を出て大きく伸びをする。リオンには「大袈裟だ」と呆れられたが、これで本当の意味で任務の全てが終わったのだからその解放感は味わわせてほしいところだ。
「何も食べてないからお腹空いちゃった。どっか行かない?」
「おまえはさっきの話を忘れたのか。あの女たちに見付けられようものならそれどころではなくなるかもしれないんだぞ」
「私はリオンの部下ってことにすればいいじゃない。後から私が何か言われれば適当にあしらうよ」
『やっぱりアヤナは本当に逞しいね』
「酔っ払いの仲裁より断然楽よ」とルウェインに連れて行ってもらったカフェへ向かう途中、少し離れた場所から「食い逃げだ!」と叫ぶ声が聞こえ、方向を見定めてそこへと走る。それらしき男が逃げているのを見付け、その勢いのままその男の前に立ちはだかった。ナイフを手にしていたが、戦いに不慣れな様子は瞬時に見抜いた。
「どけ!」
「どけと言われてどく人間に見えると思う?」
襲い掛かる動きはやはり戦いに不慣れな人間のもの。男がナイフを振りかざす前に素早く近付き、その手の小指を拳で叩く。その痛みで離したナイフを持つ腕を私の腕と絡めてやれば、今度はその痛みで膝をついた。そのまま男の腕を背中に回して拘束し、遅れてやって来た兵士に身柄を渡す。
「ご協力いただき感謝致します」
「他に何か被害は」
「私と巡回していた者が確認中です。ここから先は我々にお任せ下さい」
敬礼と共に改めて礼を述べられた後、何事もなかったかのようにリオンのところに戻った。
『うん、やっぱりアヤナは逞しいや』と棒読みで口にしたシャルティエに、やはり私は「酔っ払いを相手にするより断然楽」と返して今度こそカフェへと向かったのだった。