Craspedia

□Craspedia 第2章 -Beginning-
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 「私が、ソーディアンを…?!」


 思わず大きい声になってしまったことにハッとし、ひとまず落ち着こうと温くなり始めた紅茶を啜る。
 ヒューゴが言っていたのはそういう意味だったのかとようやく辻褄が合った。「そういうことでしたか」と深く頷いた私に、「君を見掛けたのはリオンとシャルティエの3人で話している時だった」と話すヒューゴ。
 ストレイライズの森に行った時に、シャルティエからソーディアンは全部で6本あると聞いていたが、そのうちの1本がフィッツガルドで発見されたという。


 「声が聞こえるということは、マスターの素質があるということだ。マスターになれるかは今回発見されたソーディアン…ディムロスとの相性次第ではあるがね」


 その時にそんな話も聞いていたけれど…。


 “今まで坊ちゃん以外にソーディアンの声が聞こえる人間と出会ったことがないから試したことはないけど、声が聞こえるなら扱えるはずだよ”


 “へ〜。マスターじゃないと使えないと思ってたよ”


 “素質があっても相性によっては威力に差があるかもしれないけどね”


 “私とシャルティエはどうなんだろうね”


 “……”


 そんな素朴な疑問に、リオンは無言で私を睨んでいたっけ。その反応に言わずとも言いたいことは良く分かったし、モンスターと遭遇してしまったからこの話はこれで終わったけれど実際どうなのだろう。試してみたい気持ちはある。


 「リオンやシャルティエと出会って気付いているはずだ。マスターにはなれずとも、ソーディアンを扱うことが出来ればモンスターの脅威から人々を守ることにも繋がると。いずれは世界を守ることにもなるのだ。その為にも是非君の力を借りたい」


 国王から私の話を良く聞いていたのだろう。初対面だというのに、ヒューゴは私を知っていると思った。この世界の人間ではない私が6人しかいない貴重で重要な立場に就いても良いのか戸惑いも多少あったものの、国王とヒューゴが知る者の中でソーディアンの声を聞くことが出来るのはリオンと私だけ。断る理由はないし、私に出来ることがあるなら力になりたいが、正直言って不安材料が1つだけある。


 「私はいつ向こうへ戻ってしまうかは分かりませんが…、それでも宜しいのでしょうか?」


 「それは承知の上だ。君がここにいる間はソーディアンと共に力を振って欲しい。それが陛下と私の願いだ」


 「…承知しました」


 そう述べるとヒューゴは満足そうに口元を上げた。その様子といい胸がざわつく感覚といい、この男には何か引っ掛かるものがある。ソーディアンを扱うことを引き受けて不安を感じたのは何故だろうか。


 「ディムロスは3日後にセインガルドに輸送される予定だ。私の下に到着したら連絡しよう」


 心に言葉に表せないものを宿しつつも「宜しくお願い致します」と深く頭を下げた私に、ヒューゴはもう一度満足そうに口元を上げて席を立った。それに慌てて紅茶を飲み干し、少し遅れて私も席を立つ。廊下には先ほどのメイドと初老の男がおり、私達の姿を見て頭を下げた。


 「ヒューゴ様、準備は出来ております」


 どうやらこの後に何か予定があるらしい。こういった立場に就く者は分刻みで予定が入っていたりするが、ヒューゴも例外ではないようだ。
 こうしてヒューゴとほぼ同時に屋敷を後にして今度こそルウェインの屋敷へと戻る。着替えてレンズガンの手入れをしていると、定例会議を終えたルウェインがにこにこと小包を持って帰って来た。


 「アヤナさん宛ですよ」


 「私に…?」


 誰からだろう?と思いながら受け取った小包には、綺麗な字で『Velf Kelvan』と書かれていた。


 「ウッドロウ?!」


 「どうぞお部屋でゆっくりと中身をご覧になって来て下さい」


 「ありがとうございます」


 礼を述べてパタパタと部屋へと戻る。
 紐を解いた包みの中身はアンティーク風の木箱で、このまま小物入れとして使えそうなものだった。更にその木箱には手紙とスコーンを包んでいたバンダナが入っていた。バンダナには何かが包まれていて、木箱から取り出してみるとサイズのわりに重みがある。


 「わぁ…」


 包まれていたのはレンズだった。私がレンズガンで使用しているラフレンズに混じって、ブルーレンズもいくつか入っている。ラフレンズだけを取り出してレンズ用の袋に入れ、残りは大切にしようとバンダナに包んで木箱に戻した。
 そうして手にした手紙。質の良い紙で作られた封筒は真っ白で、貼られているシールも国章があしらわれているものだった。それを見て、私はもの凄い人から小包を貰ったのだとつくづく思う。





 アヤナさんへ

 ファンダリアとセインガルドの温暖の差で、体調を崩したり任務に支障が出たりなどはしていないだろうか。
 先ほど久しぶりに父と夕食を共にしたのだが、土産話をしているうちにアヤナさんとの旅が鮮明に甦ってきたものでね。こうして手紙を綴りながら思い出に耽っているところだ。
 楽しい時間を過ごせたこと、私を私と知っても友人として接してくれたことに心から感謝しているよ。その礼としてバンダナと共に送ったレンズを、セインガルドの安全を守る為に役立ててもらえれば幸いだ。
 スノーフリアには近々温泉施設も出来ると聞いている。ファンダリアを訪れた際は、是非他の街にも足を運んであの時のように楽しんで欲しい。また再会出来ることを願っているよ。

 アヤナさんに風花のような美しき日々が訪れんことを。

 ウッドロウ・ケルヴィン





 「ウッドロウ…」


 ありがとう、と心の中で呟いて手紙を木箱に入れる。便箋はどういうものを買おうか、お礼が届いたこと以外に何を書こうか考えながら、夕飯の手伝いをするべくリビングへと下りた。
 夕食はほぼ出来上がっており、私が手伝えるのは料理をテーブルに運ぶことぐらいだった。詫びた後に片付けは私がやります、と伝えて席に着く。


 「手紙にはルウェイン様にも宜しく伝えて欲しい、と書かれていましたよ」


 「そうでしたか」


 「スノーフリアに温泉施設が出来るそうです。機会があったら行ってみたいですね」


 「雪の中で温泉、ですか。風情がありそうですね」


 えぇ、と笑顔で頷いて「いただきます」と手を合わせると、ルウェインがソーディアンの話を切り出してきた。ヒューゴが私に話したことと同じような内容を国王から聞いたようだ。シャルティエの声を聞こえることは話していたが、私がマスターになるかもしれないと聞いて大層驚いたらしい。「やれることはやりたい」と述べた私を見たルウェインは、私が自分の道を歩んで行っているのを喜ぶ反面、少し寂しそうにも見えた。


 「……」


 訓練の帰りに『恩返し』ではなく『親孝行』をしても良いのかな、とは思ったものの、誰にも話していないこの思いは今は心にしまっておこう、と心の中で呟いてサラダを口に運んだ。
 そんな中、ウッドロウに返事を書いた2日後にヒューゴに呼び出された私は、ディムロスとそれを輸送する飛行竜が行方不明になったことを知る。
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