『Real me!』番外編〜夫婦のカタチ〜
トシに出来ることって何だろう。
縁側で休憩している時に、ふとそう思った。
あたしとトシが結婚して半月。俗に言う『新婚さん』になるけれど、みんなと同じ屋根の下、生活スタイルに何ら変化はない。
部屋だって別々のままだし、屯所にいれば家事はお菊さん達がやってくれる。夫婦らしく過ごしてなければ奥さんらしいこともしていない。結婚指輪を見れば「結婚したんだなぁ」って思えるけれど、「あぁ、トシの奥さんやってるんだなぁ」なんていう実感がないのだ。
…父さんと母さんってどんなんだったっけ?
最後に父さんと母さんが揃ったところを見たのは家族写真を撮った時だ。今までそんなことを意識して2人を見ていなかったから、思い出した姿から自分なりに想像するしかない。
“今日は父さんと食事やからちょっと気合い入れてお店予約したんよ。個室で夜景が楽しめるフレンチレストランやで〜♪”
“良いお店みたいだな。楽しみだよ”
…全く参考になんねーわ。
頭上に浮かんだバカップル夫婦のやり取りを手で払った。そもそもこれは大阪での出来事であって、家族写真を撮った時のやり取りではないのに…。
「土方綾菜さ〜ん」
そこに、ケータイを持った総悟がやって来る。
確かにあたしはまだ土方姓に慣れてないと総悟にボヤいた。未だに書類に『真田綾菜』とサインしてしまうこともあるけれども。
「何故フルネーム」
「何となくでさァ」
「わざわざそう呼ばなくてもいいからね…」
土方姓を名乗るのも、サインに『土方綾菜』と書くのもきっと慣れだ。自分の意識と時間がそうさせてくれる…はず。
「それで、どうしたの?」
「ついさっき綾菜さんの旦那から連絡ありやしたぜ」
「…そこは普通に『土方さん』で良いんじゃないかな」
「綾菜さんだって『土方さん』ですからねィ」
「紛らわしくしたあたし達が悪かったよ…」
「まぁ、それは置いといて」
置いとくんかい、と突っ込みたかったけれど、話が進まないのでそこはあえて流す。
「旦那さん、帰りが遅くなるそうですぜ」
「何で総悟に?」と隊服のポケットから取り出したケータイの画面には、トシからの着信の知らせが表示されていた。画面の上にはスピーカーと×のマークがついたままだ。
「…あっ、サイレントモードのままだった!」
「音を消したままだろうって言ってやしたよ」
「…ご明察」
やっちまった、と思いながらサイレントモードを解除する。
それにしても、トシの帰りは何時頃になるんだろう。遅くなるということは、みんなで食べる夕飯には間に合わないということなんだろうけど。
「…作ろうかな」
「何をです?」
「トシの分のご飯。きっと夕飯には間に合わないでしょ?」
「多分、そうでしょうねィ」
「じゃあ、早く書類整理終わらせて買い出しに行かなきゃ!」
夫婦らしさはともかく、トシに出来ることがあったじゃん!
ケータイを出した時に見た時間は、午後の5時をとうに過ぎていた。
突然バタバタしだしたあたしに、食べていたお菓子を勝手に摘まんだ総悟がサラリと言いのける。
「そんなの俺が近藤さんに押し付けてやりやすよ。だから綾菜さんは買い出しに行って来て下せェ」
「私情を挟むワケにはいかないじゃない」
「問題ありやせん。俺が上手〜く言っておきやすから」
「…一応聞いておくけど、何て言うつもり?」
「夫婦の時間を邪魔すんなゴリラって綾菜さんが言ってやした、と」
「そんなこと思ってないから!っていうかいきなりそんなこと言っても近藤さんはちんぷんかんぷんでしょーが!」
「冗談ですぜ」
その反応に項垂れたあたしとは裏腹に、総悟は悪びれる様子もなくボリボリとあたしのお菓子を食べ続けている。
あぁ、あたしの柿ピー(梅ざらめ)が…。
「綾菜ちゃん、俺のこと呼んだ?」
「近藤さん、ちょうど良かった」
「ちょ、総悟!」
柿ピー(梅ざらめ)の残りを口に流し込んだ総悟があたしの部屋に入って、机の上に置かれている書類の束をバサリと近藤さんに押し付ける。
「えっ…、えっ…?」
「夫婦の時間を邪魔すんなゴリ「総悟ォォォ!!」
スパァン!と総悟の頭を叩く良い音が響いた。当然近藤さんはワケが分からず、頭上にたくさんの?マークを浮かべているような状態だ。
「違うんです近藤さん!これはあたしがやりますから!」
「でも、夫婦の時間がどうとか言ってたよな?」
「土方さんの帰りが遅くなりそうなんで、綾菜さんがあの人の分の夕飯を作るみたいですぜ。そろそろ買い出しに行かないとマズイとか何とか」
「上手〜く言えるじゃん!」
まだ時間があるから大丈夫ですと、近藤さんが持つ書類を受け取ろうとすると、ようやく合点がいったらしい近藤さんが太陽のようにニカッと笑った。
「これは俺が引き受けるから、綾菜ちゃんは買い出しに行っといで」
「え、でも…」
「トシの夕飯、頼むな」
そう言われてしまってはその言葉に甘えさせてもらうしかない。「任せて下さい」と答えて、財布を持って屯所を出た。