太陽と月の恋物語

□第二十六話
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空が薄っすらと明るくなってきた頃、砲声が空に響き渡った。
遠くの方からは争う人々の声が聞こえる。

「――行くぞ」


一君の言葉に皆が頷いて、駆け出そうとした時だった。

「待たんか、新選組!我々は待機を命じられているのだぞ!?」


会津の役人の横槍が入った。
あたしは、土方さんの方を見る。
鬼副長と呼ばれるあの土方さんが、今回は怒ってない。
むしろそっちの役はあたしや新八っつぁんに任せて役人を説得してたぐらいだ。
それはつまり、短気なあの人が怒りを蓄積させてるってことで。

「てめぇらは待機するために待機してんのか?御所を守るために待機してたんじゃねぇのか!」


それが爆発するんだから、威圧感はいつも以上だ。
あーあ、役人の人ちょっと涙目だよ?

「し、しかし出動命令は、まだ…」


役人さんが言い終わる前に土方さんは口を開く。

「自分の仕事に一欠片でも誇りがあるなら、てめぇらも待機だ云々言わずに動きやがれ!」
「ぬ…!」


さすが、鬼の副長。
っていうか、やり過ぎなぐらいだ。
役人の返答なんて聞く気もないようで、土方さんは歩を進めた。
向かう先は、確実に居る場所。

――蛤御門。



***

蛤御門に着いたはいいものの、既に戦闘は終わっていたらしく、長州の浪士たちは成す術もなく撤退したとか。


「土方さん。公家御門の方には、まだ長州の奴らが残っているそうですが」
「副長。今回の御所襲撃事件を先導したと見られる、過激派の中心人物らが天王山に向かっています」

左之さんと烝君が持ってきた情報を土方さんに伝える。
土方さんは暫く思案した後、不意に淡く笑みを浮かべた。


「…忙しくなるぞ。左之助。隊を率いて公家御門へ向かい、長州の残党どもを追い返せ」
「あいよ」
「斎藤と山崎には状況の確認を頼む。当初の予定通り、蛤御門の守備にあたれ」
「御意」
「それから大将、あんたには大仕事がある。手間だろうが会津の上層部に掛け合ってくれ。
天王山に向かった奴ら以外にも残党はいる」

む、と近藤さんは不思議そうに首を傾げる。
土方さんはそのまま話を進めた。


「商家に押し借りしながら落ち延びるんだろうよ。追討するなら、俺らも京を離れることになる。その許可をもらいに行けるのは、あんただけだ」
「なるほどな。局長である俺が行けば、きっと守護職も取り合ってくれるだろう」
「源さんも守護職邸に行く近藤さんと同行して、大将が暴走しないように見張っておいてくれ」
「はいよ、任されました」
「残りの者は、俺と共に天王山へ向かう」



***

市中を、浅葱色が駆け抜ける。
先頭は土方さんと新八っつぁん、最後尾にあたし。
町の人々は逃げてしまっていて、周りには足音しか聞こえない。
これなら、間に合うかもしれない。
そう思った時だった。
急に、隊士達の足が止まった。
そして――


「うぎゃあっ!?」

隊士の断末魔が聞こえた。
何かが、起きてる。
そう思って、急いで隊の先頭まで走った。


「…お前が池田屋に居た凄腕とやらか。しかし、随分と安い挑発をするもんだな」
「【腕だけは確かな百姓集団】と聞いていたが、この有様を見るにそれも作り話だったようだな。
池田屋に来ていたあの男、沖田と言ったか。あれも、剣客と呼ぶには非力な男だった」

そこに居たのは金髪の浪士。
聞こえてくる話し声から、あの夜池田屋で総司に怪我を負わせた浪士のようだ。


「――総司の悪口なら好きなだけ言えよ。でもな、その前にこいつを殺した理由を言え!
その理由が納得いかねぇもんだったら、今すぐ俺がお前をぶった斬る!」

怒鳴る新八っつぁんを、ふん、と浪士は鼻で笑った。


「貴様らが武士の誇りも知らず、手柄を得ることしか頭に無い幕府の犬だからだ。
敗北を知り戦場を去った連中を、何のために追い立てようと言うのだ。腹を切る時間と場所を求め天王山を目指した、長州侍の誇りを何故に理解せんのだ!」
『……言いたい事は、それだけ?』
「何だ、貴様は」

いい加減、この浪士の言っている事に腹が立ってきた。


『…あいつらは、天子様の御所に討ち入った罪人だよ。罪人は斬首刑で十分でしょう?』
「……自ら戦いを仕掛けるからには、殺される覚悟も済ませておけと言いたいのか?」
『長州に…あんたが言う誇りとやらがあるんなら、僕たちも手を抜かないのが道理ってもんじゃないの?』

男に聞き返した後、ふぅ、と溜め息を一つ吐いて。
あたしは腰にある刀を抜いた。


『…あんたはできてるんだよね?僕らの仲間を斬り殺した、覚悟ってやつをさ』

殺すからには、殺される覚悟を。
――当たり前の事でしょう?


「口だけは達者なようだが、まさか俺を殺せるとでも思っているのか?」

同時に、地面を蹴り上げた。
瞬間、金属同士がぶつかり合う音が響き渡る。
かみ合った刀と共に身を話して、相手との距離を取る。


『…土方さん、新八っつぁん。隊を率いて先に行って』
「何言って…」
『こいつと戦う事は、僕らの本来の仕事じゃない!』

天王山へ一刻も早く駆け付けるのが仕事。
それをわかっているのだろう、土方さんは数秒の沈黙の後に頷いた。


「…わかった。杏、ここはお前に任せる」
『了解』
「っ、土方さん!あんた正気か!?」
『新八っつぁん、大丈夫だよ。こっちが片付いたらすぐに追いかけるから、それまで待っててよ』

にぃ、と笑って新八っつぁんに言うと、新八っつぁんもわかってくれたみたいで。
しょうがねぇなあ、と頭を掻いて笑った。


「いいか、お前等!今から天王山目指して全力疾走再開だ!!」

土方さんの号令で、再び隊士達が走り出す。


「貴様ら…!」
『あんたの相手は僕だよ。…そんな風に余所見してると、危ないよ?』

タンッ、地を蹴って男に斬りかかる。
だけど簡単に受け止められてしまう。
やはり、と言うべきか。この男はそこら辺の浪士のようにはいかないようだ。


「貴様のような小柄な男がこの俺に力で勝てるとでも思ったのか?」

ブンッ、と音をたてて男は重い太刀を振りかざす。


『っ、く……!』

何だ、この馬鹿力っ…!
何とか受けとめたものの、鍔迫り合いになってしまった。
いくら自分が鬼といえど、所詮は女。
力比べの鍔迫り合いに勝てるはずもなく、弾き飛ばされる。


『ちっ…』
「この程度でこの俺と一対一で戦おうとは…。力の差もわからぬのか」
『っはは、確かに…今のままじゃあ力の差は歴然だ』
「…どういう意味だ」

【今のまま】だと、あたしは殺されるんだろう。
でも、あたしは……人間じゃない。
じわじわと、あたしの中で眠る鬼が目を覚ます。


「…なるほどな」
『っな、!?』

こいつ、鬼の存在を知ってる…!?


「何故鬼であるお前が、武士の成り損ない…新選組にいる?」
『うるさい。あんたには関係の無い事だ。
…それに、新選組は武士の成り損ないなんかじゃない!』

再び男に斬りかかろうとした時だった。


「――そこまでです」

もう一人の浪士が、それを制止した。


『っ!?あんたは…!』
「天霧か…」

池田屋の時に平助に怪我を負わせた丸腰男…否、天霧と呼ばれるその男が私と金髪男の間に立っていた。


「薩摩藩に与する我らが新選組と戦う必要が無い事ぐらい、風間…あなたもわかっているでしょう」
「ふん、しかたがない…か」

風間、と呼ばれたその男はじろりとあたしを見た。


「貴様、名は何という」
『…新選組零番組組長、紅桜杏』
「覚えておこう。俺は西国の鬼の頭領、風間千景だ」
「私は、天霧九寿という者です。池田屋の折にはお答えできませんでしたが、私たちは訳あって今は薩摩藩に与しています」
「……俺には同族を殺す趣味は無い。が、次もそうとは限らん…覚悟しておくのだな」
「次に会った時、お互いが協力関係である事を祈ります。それでは…」


そう言うと天霧は礼儀正しく一礼して、風間はそのまま踏ん反り返って去って行った。

『…んん?ちょっと待て、』


あいつ、風間とかいう奴…西国の鬼だとか同族とか……。

『あいつも、鬼って事か…!?』


あんな自信家と自分が同類!?

『うわ、何か嫌だな…』




***
ちー様やっと出せた!
今回は割とシリアス多めで書けた…?
そしてまたも平助君が出てこないというorz
つ、次は出します!きっと!!


2011.07.21

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