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□それは本来はほろ苦いはずなのに、とても甘いチョコレートでした
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 普段、キッチンに立つのは水を飲むためか、冷蔵庫から飲み物や食べ物を取り出すためかぐらいで、それ以外の目的で足を踏み入れることはまずなかった。
 しかし、静雄は今日初めて料理をするためにキッチンに立っていた。しかも自分のためではなく、誰かのために。瞬間、思い人の顔を思い浮かべてしまう。恥ずかしさから顔が真っ赤になっていくのが自分でもわかった。脳裏に浮かんだ思い人はなかなか消えてはくれなくて、体温が更に熱を持ち、それに比例するように温度も上がっていく。鼓動が早鐘を打ち始める。頭と耳に反響し出したところで色々と耐えられなくなり、手の平で顔を覆うとその場にしゃがみ込んだ。
(落ち着け、落ち着け、落ち着け)
 なにかの呪文のように同じ単語を頭の中で連呼する。それが功を奏したのか、幾分か気持ちが静まり、思い人の顔も――少しだけ残念だけれども――消えてくれた。それでもまだ気恥ずかしさだけは拭えなくて、キッチンには自分ひとりしかいないとわかっていても静雄はなかなか顔が上げられなかった。
 しゃがみ込んだまま動けなくなってどれくらい経っただろう。時間ばかりが無駄に過ぎて行くのはわかっていても、やはりその場からなかなか立ち上がることが出来なかった。
 はあ、と深呼吸するように溜め息をつく。顔を覆ったままでいる手の平の中に熱がこもり、やがてわずかに作られた隙間から逃げるように外へとこぼれていった。
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