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□嘘と涙と笑顔
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 沈黙にも種類があるのだということを静雄はその日初めて知った。
 心地好い、安心できる沈黙。
 いたたまれない、耐え難い沈黙。
 二者択一を迫られたとしても、誰だって前者を選ぶに決まっている。好んで後者を選ぶ者がいるならば――絶対に有り得ないだろうけれども――是非とも会ってみたいものである。しかし、自身が置かれている現状を把握したならば、悲しいかな、最悪なことに後者に当てはまってしまった。
 手触りを確かめなくても見ただけで高級だとわかるソファー。そこに隣り合わせに腰掛けている男――もちろん臨也だ――の横顔をちらりと盗み見て、静雄は内心深い溜息をついた。頭の先からつま先まで、まるで精緻に作られた人形のように整った容姿をしているその男は、静雄の視線に気がついていないのか――いや、確実に気がついているのに無視を決め込んでいるだけなのだろう――涼しい顔をして先程から雑誌のページをゆっくりとめくっている。染みひとつない白い手とそこから伸びる細く長い指が動く度に紙から摩擦が生じ、静寂を打ち破る音となって広すぎるリビングに響き渡った。しかし、それだけでは静雄の心を落ち着かせる要素としては役不足だった。それどころか、リズムの合わないふたりの息遣いと相まって、余計に不安が大きくなっていった。
 こんなことになるなら最初からテレビでもつけておけば良かった。そうすれば少しは気が紛れたのに。無駄に大きい、電源が落とされたまま、なにも映していない真っ黒な画面を見つめながらそんなことを思っても後の祭りと言うもので。状況が好転する訳でもないのに、テレビの画面から視線を外し、おずおずと臨也の横顔を見遣る静雄の表情はとても不安げで、普段、自販機やら標識やらを軽々と持ち上げ、投げ飛ばす荒々しさはそこにはなかった。それよりも、むしろ弱々しささえ感じられ、静雄の強さに畏怖と憧憬を抱いている若者たちがその姿を見たら驚愕するか見なかったことにするか幻滅するかのいずれかを選んでしまうだろう。
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