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□知っていたよ、泣き虫さん
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 下校を知らせるチャイムが鳴り、担任がホームルームの終わりを告げ、クラス委員の起立、礼、の号令の後、ざわめき出す教室。
 見慣れた光景。代わり映えしない日常。
 新羅が「帰ろう」と声をかければ、静雄も「ああ」と頷きながら短く返事をして肩から鞄をさげた。今日は何事もなく帰れたら万々歳だ。しかし、そうさせてくれないのが折原臨也と言う男で。静雄と新羅が歩き出そうとした瞬間を見計らったように、臨也はふたりの前に立ち塞がった。
 非常に残念なことに、それもまたごく有り触れた日常だった。
 しかし、それが日常であっても、受け入れられないこともある。静雄と臨也が対峙しただけで、周囲は凍りつき、静まり返る。それから、ふたりを刺激しないように、目を逸らしながらクラスメイトの面々は教室から無言のまま退散していった。
 もしも目の前で喧嘩が起きたなら――新羅はまったく興味がないのでその心理がよくわからないが――もっと間近で見たいからと理性を押し退け、本能の赴くままほとんどの級友が迷わずその周りを取り囲んだことだろう。
 しかし、それは自分達の安全が保障されているから出来ることなのだ。
 軽々と片手で持ち上げられた机や椅子が恐るべき力で標的に向かって投げられたり、コントロールを誤ったそれらが教室の至る所に飛び交い、黒板は疎か天井にまで突き刺さったり、鋭利なナイフが明確な殺意を持って目標を切り裂いたりと、小説や漫画の世界でしか有り得ないと思っていたことが実際に目の前で起きてしまったら――新羅は慣れているので、毎回のほほんと、勿論離れた場所で高みの見物を決め込んでいるが――他の人間にとってはやはり恐怖以外の何物でもないのだろう。
 最早、喧嘩と呼べる程度を越えて殺し合いの域にまで達した日々の争いは更に人の心を怯えさせ、絶対に関わってはいけない、見て見ぬ振りをしよう、などと言う暗黙の了解まで作らせる程だった。だからクラスメイトが取った判断と行動は正しいと言えた。
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