小唄

□mugen.
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こんもりと獣のような二重の影が、頼りない燭の揺らぎに合わせて震える。
陽の基では頑なな割に、触れれば熟れた果実の様な感触の脣を小さく音をたてながら味わう。
「ん・・・」
「ふふ、・・・ぁ、こらまだ早い」
帯に掛けた手は軽く弾かれてしまった。
緩やかに蕩ける吐息が耳を掠める。背から回して肩を押さえた右手には、とくとくと速まり反響する互いの脈を確かに感じる。
「酒はいいのか」
「ああ。お前は一人でやってたんだろ」
卓には既に空になった瓶子が数本転がっている。こうも暗くては判らないが、滑らかな頬は色付いて熟れた桃の如く
見えることだろう。
(お前は酔うといつもこうだから、)
とは口が裂けても言わないが。
背筋を伸ばして軍人然とした様相からは想像もつかぬ程、邸での彼はゆるい。
「・・・今日は来ないのかと思った。」
僅かに俯いて、ことんと肩に頭を預ける。腰に廻された手にぎゅっと力が込められる。
(そらきた。)
舌舐めずりする内心を探られないよう、背に流れる髪をゆっくりと梳いてやる。
月の上る晴れた夜には逢瀬をしようと、決めたのはいつのことだったか。毅然とした彼の身に押さえつけてく燻っている
焦燥が蜂蜜色の月になじられて文字通り明るみに出、意識せずとも昂る己を誤魔化そうとした結果がこの有様なのだった。
(懲りないというか、素直じゃないというか)

「ちゃんと来ただろう。俺は約束は守る」
「・・・うん」
額にひとつ口付を落とすと、ふっと力が抜けるのが感じられた。
「今は」
潤んで艶を増す夜色の双玉をしっかりと見据える。
「酒よりお前を味わいたいかな」
「馬鹿、」
くすくすと笑いながら小突かれた。


繊細な刺繍が施された敷布に埋まる、しどけない肢体。
開いた衣から零れる肌は玉のように白く、熱情の花弁が至るところに散っていた。
立てた膝の間からは天を仰ぐ雄蕊が蜜に塗れていて、泣きそうな顔で
「欲しい。」
と言われれば理性も体裁も一切が吹っ飛び、遠慮なく己の両脚の間に彼を挟んだ。








・・・・筈だった。








いきなり灯りが消えて、真っ暗になった。
夜の色に包まれた・・・訳でもなさそうだ。なにか違う暗さで、どちらかと言えば薄い布を被せられたような。
途端に殴られたような鈍い頭痛と、刺すような冷たさを腕に感じて跳ね起きた。

一面に拡がる白銀。
遠くから己を呼ぶ声と剣戟の音に、戦の真只中にいることを思い出した。

幸い外傷はないようだ。
ふと崖を見上げると、儚げな輝きを放つ、それでいて馬鹿に大きな青い蝶の姿があった。
ひらりひらり、己を嘲る様に翻る。
「畜生、お前だな。衛士が噂してたのは」
人にまやかしを見せるという蝶。
それは決まって良い夢で、願望や欲望をそのまま形にして見せ、鵜呑みにして呆けた人間を頭から喰らうのだという。
「お陰で頭が冷えたわ。覚悟しろよ」

(土産にすればどんな顔をするだろうか、)

薄羽に似た色の袍を纏う彼奴の事を思い浮かべながら、岩肌に手を掛けた。

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