小唄

□ニア≒ヒア
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―貴方は今、如何思っていらっしゃるのでしょうか。


丁寧に削がれた石を敷詰めた道は誰とは無しに率先して掃き清めているせいか、落ち葉一つ見たことがなかった。
様々な色彩で飾られた荘厳華麗な祭壇には今も花が絶えない。
彼のみに許された上等な香の紫煙に包まれまがら、沓を脱いで粛粛と膝を付きゆっくりと、三度拝する。
小さな衣擦れすらぼんやりと響く薄闇で、すぅ、と吐いた息が白く溶けていく。
今日は早天から雪花の舞う、生憎の天候だった。


彼が私を尋ねて来た時、一度は冬の最中であったという。
根雪の消えかかった頃に帰宅して話を聞いて驚いたものだった。人跡も耐える雪深い山中までわざわざ私を探しに来るなど
(実に気の毒で、酔狂なこと。)
そもそも私が世を疎んでいるのを承知の上で、二度目の訪問だというのだから奇特なものだと思った。
彼のことは風の噂に聞いてはいたものの、明確に興味を持ったのは確かそれから。


(似ていませんね。)
揺らぐ黄金色の明りの中、大きな顔で此方を見下ろす彼の像は、作者なりに彼を模しているのだろうが私から見れば全く違う姿に映る。
泰然とした穏やかな貌で鎮座しているが、本物の彼は違っていた。
『民の為、弱き者の為の仁の世を作る』
後世にも語り継がれるであろう、彼の口癖は立派な謳い文句である。その姿を間近に見た者は疑う所は無かった筈。
しかしその為に彼が行ったのは、つまりは無謀な戦を繰り返すことだった。
膝を折る者へは確かに慈愛と庇護を惜しまないが、彼の道を阻む者への容赦は無かった。
自らが血土に塗れても前だけを見据えて突進む。そういった窮地に居る時程、彼の表情は鬼神の如くに険しくも明るかったように思う。
志だけは紛れもなく真直ぐだったのだ。良くも悪くも。
同じく彼の傍らで像となってしまった弟君達は、彼の本質を何処まで理解していたであろうか。

『昭烈帝』
像の頭上に、蜀漢の御旗と共に掲げられた大きな金文字が、彼を余す所なく証明している。


しかし彼が天へと還り、それで事が終わったわけではない。
長く厳しい道の半ばで彼の命数は怒りに燃えた後、存外静かに最後を迎えたが、本当に諦めきれていただろうか。
彼の望んだものは見えもしないというのに、正体のないままただ「前へ」と鼓舞し続ける。この国で、私の中で。
永らく怒号と喧騒の渦の中で生きてきた彼は今、恐らくはこの廟の様に麗しく安穏とした天上に神として奉られて、
貴方は今、何を考えているのだろう。


応えるのは只静寂のみ。
隙間風が灯火の脇を通り過ぎる。
似ていない筈の大きな顔が、一瞬だけ困った様に笑って見えた。


「・・・失礼しました。意地悪な質問でしたね」
つられて少しだけ、頬が緩んだ。彼は嘘も言い訳も上手な人ではなかったから。
「御返答は、私が其方に着くまでに用意しておいて下さい。」
そしてそれまでは、しかと皆を見守って下さるように。



長い一礼をし、台を降りる。
懐に丸めた長い長い文が、くしゃりと音をたてた。
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