遊戯

□ブルーフィルム
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練習場の隅には桜が植えられている。
常夏に近いこの島に季節があるかは不明だが、ホームとなっているこの辺りは中心部に比べれば温度もそれ程高くはなく、調度春の頃ぐらいか。
満開を迎えた薄紅のカーテンがぎらぎらと無遠慮な南の太陽を遮り、ほど良い明りと温もりを枝の下に抱いている。
遠くの山の斜面にはぽつんと建つ古城の影。
(確か書き割りって言ってたな・・・)
ここはとても静かで、穏やかで。
時折撫でるように吹く風には柔らかく潮が匂っていて、それだけが唯一外国にいるという実感を湧かせた。

空を丸く囲んだ枝の窓枠がかすかに揺れた。胸の上に雪のような花弁が積る。
草色の小さな鳥が慌ただしく右往左往しながら、首を傾げて此方を見下ろしていた。

――もしも私が鶯だったら、あの人の窓辺まで飛んで行って
夜な夜な愛を謡おうに。


「詩人だな・・・」
声の聞えた方に首を動かすと茶色の穂のような物が目に入った。欠けた視界ではそれが限界で、仕方無しに身体を起こす。
「ハイネだったか?」
「ああ、好きなんだ」
背中の土を払いながら横に座れ、と目で促すと苦笑して首を横に振る。
「座ったら余計にしんどくなるから、」
背筋は真っ直ぐのまま、軽く幹に手を着いて溜息を吐いた。走り込みから戻ってきたばかりなのだろう。
大きく揺れる影は黒々と横たわり、主人の代わりに休んでいるように見える。
二人並んで、区切られたような木蔭から皆のいる方を眺めていた。
白い光の下ではボールやグラウンドの整備をする者や、自主的に身体を動かしている者もいる。
「ストレッチ手伝おうか?」
「いや・・・まだ良いよ」
ただ黙って、仲間が動いているのを眺めている。

目を合わせず黙ったままなのに、漠然と、自分と彼とは同じ物を見ているという感覚があった。


「・・・どんな人?」
「何が?」
「燕になって巣を作りたいひとって、」
はっとして顔を見上げた。
いつも起伏の少ない真面目くさった顔をした彼が何だか含みを持った笑い方をしてちらり目を合わせた。
好きな詩を混ぜっ返して誘導尋問だなんて全く卑劣!
初めから御見通しだったということか。
畜生、今までこいつを紳士だと思っていたのは間違いだった。
そこそこ有意義とまで思い始めていたこの数分間の沈黙の城がまるで徒労であったことに深々と溜息を吐く。
「・・・青い眼の、凄く奇麗な人だよ」
「へぇ、会ってみたいものだな」
簡単に口を割ったのが意外だったのか、それより深入りはしてこない。
「そいうテオはどうなんだ」
そう言い返してやろうと思ったら、曖昧に笑ったままその場を離れてしまった。真っ直ぐな広い背中が妙に腹立たしい。
(あの触覚引っこ抜いてやろうか!)
周りに言触らすとかそういうことはしないと分かってはいても、
・・・いや、どうだろう。
あんな遠回しな揶揄を仕掛けてくるんだから、油断は出来ない。
「――Sheiβe!!」



イライラしてまた寝転がると、花の間から澄んだ空が覗いていた。
それはいつかに心臓の真ん中を射貫いた、あの人の瞳にとても良く似ていて。
あの人が俺を見下ろしているようで。


脹れ上がったしまった感情をどうにも持て余して、もう一度立ち上がって走り出した。











(ペーター!何処に行くんだ、練習もう始めるぞ!)
(すいませんキャプテン!!ちょっと頭冷やしてきます!!)
(はぁ?)

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