遊戯

□Honesty
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「はーい、幸ちゃんおめでとー!!」
終業の合図と共に慌ただしくなる校内を泳ぐようにすり抜け、昼間でも仄暗い螺旋をぐるると一回り。積年の土煙で端から錆に侵食されてゆく鉄扉の向こうは、照り返しの強い、青白い世界。
一日の僅かなモラトリアムに集うのは、中途半端に硬質な殻を持つ毎々。
いつから此処は偏屈の巣窟になったのだろう。
今日も在り来たりな乱痴気騒ぎの中に浮遊する己も、最早列記とした不良とやらであるな、と心中で苦笑いした。
「・・・何がでござるか」
胡乱気に箸を口に突っ込んだまま、目線も合わさず返す。
否、正確には何だか分からないが目の前に突然差し出された歪な老爺のように土気色で皺だらけ薄紙に邪魔をされていて合わせようにも無理のある状態である。
「えー!!ちょっとちょっと、今日何日だと思ってんのっ」
意外にも別の方面から批判の声が上がった。
「17日でござろう」
「うんそうだね、それで、何の日?」
紙の脇から満面の華のような笑みがはみ出ている。実に鬱陶しい。
「いや別n「嘘!信じらんない!自分の誕生日忘れる!?」
もー有り得ない〜〜!!とこちらの率直な嘘偽り無い感想を遮る世にも情けない落胆の悲鳴は、自分の影にも等しく傍らに引っ付いている佐助からであった。
「む・・・そういえばそうでござるな」
成程、今膝の上で開かれている赤漆の弁当に敷き詰められた色とりどりの内容は、自分が美味いと褒めた物ばかりだった。今日は随分と朝が早かったのも合点がいった。
「そうそう、そういう訳で」
改めて包みを無理矢理に持たされる。
「いやっそんな・・・気持ちは忝のうござるがっ」
「幸ちゃんの為にって一生懸命だったんだから!まあ此処は一つ何も言わずにさ!」
「政宗からじゃなくて悪いけどねー」
へらへらと締まりの無い佐助の言に、隣の余白が随分広い事にようやく気が付く。
常に誰よりも賑やかな、互い違いに片目を覆った二人が今日は不在である。必然的に、半ば無理矢理担ぎ込まれる会長も。
「ああ、チカちゃんは今日は学食だよ。政宗は今日は休みみたい。朝から見てない」
つかサボりだろ?という慶次の言葉にふむ、と思わず腕を組む。そうか、如何も今日は足りない気がしていたのだ。視覚的な物では無く、もっと感覚的な部分で大きな色彩を欠いているような。
ふと落書きのように千々に流れる薄雲の合間に、鮮烈な蒼が重なった。
反抗を露わにする開けっ広げなカッターの下に覗く、彼が良く着ているTシャツの色。
絡め捕るように漂う香水。
鎖骨を掠める銀。
生意気に擽る低音。

嗚呼、自分は無い物強請りはしない性質であった筈なのだが。
ただの一日とて彼が居ないという事実の喪失感は如何ばかりか。

空虚に温度の無い秋の旋毛が、ぞろりと背を撫でて酷く不快だと思った。


結局包みは有無を言わさず持ち帰らされ、その上戻った教室では先に顔を合わせ損ねた元親や毛利からも大小の心付けを押し付けられ、行きより帰りの方が大荷物となる有様であった。
この歳になっても只生まれた日を何周重ねたというだけで、両手放しで祝われるというのも何処かむず痒いことである。
(まあ、たまには良いでござるな。)
常なら帰り道も共に在るお目付けが喜々として飛んで行った所を見る限り、晩にもさぞ豪勢な己の為の膳が用意されるのであろう。世話になっている御館様からの熱い檄を頂戴するその先までありありと想像出来る。(滾る!!!!!)
しかし一度自覚してしまった心の欠落は粘っこく纏わり付いて回り、終業を告げるの鐘でより一層重苦しく感ぜられた。無意識の抵抗で机と椅子に根を張りそうな尻を渋々引き剥がしのろのろと階段を降りるも既に定時よりは幾分遅れてしまい、下駄箱に人気は無かった。
―はて、つい最近何処かで此に似た静寂を味わったような。
響く空間に閃光するデジャヴ。
落とした視線の先の灰色に一瞬通り過ぎる蒼の滴の幻影は、深い溜息の淵に吸い込まれた。

ころころと他愛の無い会話を上の空に流しながら戯れて下る坂道も今日は一人。足下から飛び立つ蝗の大きさに驚くことなど普段なら無いな、等と悠長に考えながら公園の傍を通りかかった瞬間、ふわりと透明で柔らかな抵抗を感じて足が止まる。
見えぬ銀糸の引きの強さ―此のきつい縛めは正しく、間違いなく、彼の香水?
逸る気持ちをねじ伏せて精一杯ゆっくりと顔を、間抜けに軋むパンダに向ける。
「よう、遅かったじゃねえか」
射すくめる様な蒼と銀の乱反射。
「むぁ、政宗殿・・・!?」
我ながら動揺丸出しな情けない声を出したと思ったが、同時に黒く空気の通り抜けていた隙間に破片がめり込んできた感覚を覚えた。収まる等と生易しい物でなく、丸ごと彼にとって代わられそうな程膨張していた。痛みも苦しみも度を超せばただただ混乱するだけで。
(き、規格外でござる・・・!!)
一歩一歩彼が近付く度に、心臓と体温が跳ね上がる。
「な・・・んで此の様な所へ、」
「Ah?お前を待ってたに決まってるだろ。何だじゃねえ」
鼓膜から全身に伝染する震えは不思議な程心地良い。紅に狭搾する視界。
「待つ位ならば学校に来れば良いでござろう・・・」
「昨日はちっとexciteして寝れなくてな。結局寝たのは7時だ。」
「それは最早起きる時間でござる」
中身のまるで無い受け答え。けれども確実に半日陽と共に過ごした校内より目の覚めるほど瑞々しく明るかった。白黒のテレビ画面から下界に抜け出してきた亡霊は日常をこんな風に感じるのかも知れない。
嘘のような日常がこんなにも易々と、あっと言う間に手に入った。
「まぁそん代わりに前田に渡すように頼んであったからな」
「・・・え?」
無遠慮に手提げへ手を突っ込み、土の付いた体操着をかき回して昼間の包みを取り上げ、満足気に口角を上げて口笛を吹く。
「それは・・・前田殿からではないのでござるか?」
「HA、peppyが鼻までホンモノとはいかなかったか」
「だっ誰が子犬か!」
よしよしとそれこそ犬をあしらうように頭を撫でられ、唸るも内心で絆されてしまっていては迫力は猫にも及ばないであろう。そのまま空いた片手で器用に包みを解く。
「やっぱ自分で渡さないと意味ないよな、と思って」
持ち主と違い行儀良く並ぶのは、量産品よりも形は劣る、けれども丁寧に作られたとひと目で知れる愛らしい焼き菓子達。

え、まさか。まさかそんな。

尖った彼の性情に似付かぬ白い指先が一つを摘み上げ、ぽかんと開いたままのこちらの口に放り込む。
待ち時間に灰を積もらせていたのであろう紫煙と彼の匂い、ふんわり零れるヴァニラ、じわりと融け消える砂糖とバター。
「Happy Birthday.」
頬に触れる柔らかな花弁の熱。


嗚呼、きっとこんな誕生日は二度と来ないだろう。
きっと今受けている生は今この時の、他でも無い彼に会う為の物だろう。
ありがとう。ありがとう。
嬉しくてもったいなくて少し怖い幸福にツンとした鼻のせいで、言葉には出来そうに無いから、思い切り手を握った。





(・・・今晩は泊まっていってもいいでござるよ)
(Rearly!?)

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