遊戯

□poco a poco
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「…ウッチー、何してんの」
「おお、ソウジ殿!」
蝉も鳴かない中天の一番暑い時間帯、寄り道するには財布が寂しく、何時でも過ごし良い環境に保たれているスピリットベースに逃げ込もうと近場の入口を目指して石段を駆け上がれば、境内の藤棚の下に蔭でも眩い黄金色を見付けた。分社らしく小さな祠がある程度だが、出入口から近いことと、古式ゆかしい空気が懐かしいのか、彼は一人での鍛錬や散歩にここを利用している。
「暑うござるなあ今日も…」
「うん。夏だから」
「戦国の世も夏はあったでござろうが、はてこれ程だったか」
「昔と違ってコンクリートジャングルだからね。熱が飛びにくいんだよ」
こんくりーと、と未知の単語にでっかい疑問符を顔に貼り付けたまま、ずるずる机に突っ伏す。
「前から思ってたんだけど、暑いならそれ脱げば良いのに」
「アミィ殿にインナーというのは肌着のような物だと教わってござる。そんなみっともない格好で外には出れないでござるよ」
「偉いねウッチー。ノッさんは家ではパン一らしいよ」
「はは。見た目にも暑苦しいでござるからなぁノッさん殿は…ソウジ殿もその格好、確か夏休みで学校は無いのでは」
「授業は無いけど部活はあるんだ。」
「おお、この暑い中鍛練とは。御苦労でござった」
偉いでござるー!と頭を撫でられた。まるで子供扱いだけど、彼や仲間にされるのは嫌じゃない。でも歳は上でも笑ったりしょげたり、ころころと表情豊かな彼の方が素直な子供の様だ。ちょっと大きすぎるけど。
「で、ウッチーは何してるの?」
キングと一緒じゃないんだ?
言葉にしない問い掛けは十分に伝わる。
「先程まで一緒でござったが、今日はアミィ殿の店の手伝いに行かれたのでござる」
努めて普通を装う笑顔に混じる繊細な鉛色。少しだけ伏せて逸らした目線に、彼の言葉にしない返事を受け取る。
…本当に嘘が下手なんだから。

キングとウッチーはいつも一緒に居る。吸収が早く、馴染んでいる様に見えても現代の常識が通用しない彼にはまだ世話役が必要だった。面倒見の良いアミィさんやノッさんが付いていることも多いが、何と言っても我らが王様の仲間思いが一番で、おはようからおやすみまでベッタリだ。
だからこそ、だろう。
キングはウッチーがずっと昔にとても大事にしていた人に瓜二つなのだという。顔も、声も、その心根までも。
いくら違うのだと理解していても、ふとした瞬間に歪みが覗く事もあるだろう。距離が近付く程に開くその隙間の仄暗さが俺には分かる。引っ掻き傷が膿んだように芯のある痛みは誰しも覚えがあるだろうが―四百年、だ。
怒りに燃えながらも抱えてきた氷の塊は溶けること無く冷々と彼の胸に杭を刺して来たに違いない。
その間、四百年。
中々に大仕事だと思う。
「…寂しいんだ。」
「さあ、どうでござろう。ただ独りになると時折考えてしまうことがあって―皆と居る時は気にならないのでござるが」
まるで違う世界でこうして笑って居られるのは夢ではないかと、自分はあの時疾うに死んでいて、ラミレス殿や鉄砕殿の様な幽体なのではと。
「中身はドゴルドに食い潰されてそうした思念だけが醜く足掻いている様に思えて」
名前の通り丁度こんな風に。
板の端に爪を立て、ざくりと背の裂けた琥珀の蛻をかさついた指が弾く。唇は薄く笑んだままだが、それは彼には似つかわしくない自嘲だ。
無理も無い。
彼が目覚めてからの記憶は全部俺達が作ったも同然だ。手を離されれば足許も熱に揺らぐ幻の様に不確かになってしまうのだろう。
無理も無い。
けど、俺達は彼のそんな顔は見たくない。
「ウッチー、ちょっと待ってて」
「へ?あっソ、ソウジ殿?」
振り返らずに走り出す。背中を焦がす太陽も気にせず、とにかく早く、早く。
一段飛ばしで降りる石段にぽつぽつ汗の染みが滲む。





「ただいま…っつー〜〜〜」
「ソウジ殿、一体どちらへ…?」
「はい」
全速力の代償にへばるのも我慢して、きょとんとした顔で見上げてくるウッチーに、コンビニの袋から大好物を取り出して突き付ける。
「!!氷菓子!」
確か、アミィさんが彼に初めて近付いた時にこうしたのだと聞いた。その感覚にすっかり味をしめた今では効果は数倍の筈。
「しかし、良いのでござるか…?」
「遠慮しないで。早くしないと溶けちゃうよ」
「おお、そうでござるな!では遠慮無く」
いただきます、と律儀に手を合わせる彼の横で、ペットボトルの栓を捻る。一口毎に嬉しさから身体を震わせ、揺れる髪の房が人懐っこい大型犬の尻尾みたいだ。
「これはまた面妖な。餅で氷菓子を包むとは」
「結構美味しいでしょ。最中と迷ったんだけど」
「最中!?最中の氷菓子とは!?いや〜未来の食べ物は実に面白い」
「…ねえウッチー、」
自分にとっては既に当然で些細な物にも大袈裟な程感嘆する彼を見ていると、こっちまでその幸福さに伝染して頬が緩む。

今だったら上手く言えるだろうか。
「何かを抱えてない人間なんていないよ。俺だって、多分…キングにだって。それは自分にしか分からない事だと思う。言わなきゃ人には分からない事だと思う」
じりじり焼かれる空気の熱も今はまるで気にならない。
「言わないのはその人が必要だと思わないから…言うことで気にして欲しくないって優しさだろ。でもさ、言うことで楽になる事もあるんじゃないかな」
だから、我慢しないでもう少し我が儘になっても良いんじゃない?
隣の大の男はプラスチックの棒を銜えたままぽかんと呆けている。
「―えっと、まあ、その。無理しないで…って」
しまった喋りすぎた。
滅多に口を訊かない冷静な仮面が外れている事に気付いて急に恥ずかしくなり、語尾を濁して俯く。
彼自体は随分と年下に偉そうに諭されて、臍を曲げたりはしないと思うけど―
「ソウジ殿はやはり勘が良いでござるな。拙者がその位の歳の頃は何も見えておらなんだが」
柔らかいな声にそっと目線を上げる。いつもと変わりない笑顔にほっとして肩から力が抜ける。
「しかし、謂われるならば先ずは御自身から無理は止すでござる。拙者もソウジ殿は笑っている方が好きでござるから」
にこにこと晴れやかな表情につられて苦笑する。
やっぱり俺はまだまだだ。
「…ん、気を付ける。」
「それに先程の言葉、イアンに殿こそ相応しいのでは?」
「え、―な何でここでイアンが出てくるの」
途端に走る緊張はとっくに見透かされていて、さっきとは違う底意地の悪い顔で肘で突いてくる彼に、首を振る事しか出来ない俺は自分で言い出した事とは早速逆の態度だし、否定が肯定になってしまっている事に気付いて余計に頬が熱くなるし、彼は更に面白がる。
もやもや。眩しい青空に湧き上がる雲みたいな気分だ。
二度目の開栓で噴出す炭酸は温く、上がる泡はゆっくりと。
「言わないよ。…言わなくてももう分かってるだろうし」
「左様か。しかしアミィ殿に見付かったら拙者怒られるやも…」
「えっ、何で」
「氷菓子は一日一個という約束…昼餉の後にスピリットベースでキング殿とかき氷食べでござる」
「ああその話、ってそんな子供みたいな!ウッチーいい大人なんだから。」
「二度までも蹴られたくは無いでござる。どうか内密に」
「はいはい。ウッチーも、さっきの話内緒だよ。お互い様」
「でござるな!」

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