遊戯

□デイドリーム
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「食べ過ぎじゃないの」
豆腐ソフト、あぶり餅、さくら漬、変わり種の八橋、抹茶金鍔、丹波栗の饅頭、阿闍梨餅。あれが怪訝そうに口を開いたのは生姜のてんぷらを受け取った時だった。
「現世の流行は目まぐるしいですから」
「今日は休みなんだろ」
「体験としては半々です」
「やだねぇ、鬼子はクソ真面目で。」
ふん、と鼻を膨らませる牛顔に湯気の立つ串を手向ける。黙ってかぶりつき、やはり堪えたのか長い舌を出してふうふう喘いだ。ざまあみろ。そもそも難癖を付けるなら人が何か買う毎に「一口ちょうだい」などと言わなければ良いのだ。
「食べたいなら自分で買え」
「まるごとは要らないんだよ。でもちょっと摘まみたい事ってあるだろ」
という遣り取りの後おねだりは止まなかった。
別に絆されてやっている訳では無い。丁度動物園のふれあいコーナーでウサギにキャベジを噛ませている塩梅だ。
「あっつ。でも結構おいしい」
綺麗な半月の歯形を眇める。
「貴方こそ浪費し過ぎなのでは」
「現世は珍しい物が一杯だからね」
簪、練香、上等な茶葉、硝子細工、扇、金平糖、縮緬の猫。如何にも甘く煌びやかな小物に囲まれて上機嫌の様子。どうせ実らない下心と共にばら蒔くんだろうに。
「可愛!買い物してると嫌な事とか忘れるよね〜」
「女子か」
「まあそう怒るなよ。お前にも一つやるから」
ひょいと投げて寄越された小さな紙袋の中身のラベルに、眉間の皺が深くなるのが分かった。
「…当て付けのつもりですか」
「いいじゃん、お前甘いもの好きだろ。」
「瓶なんて巾着が重くなるでしょうが。全く気の利かない」
「普段から亡者なり大王なり片手でブン投げてる奴に言われてもねぇ」
反射的に動いた拳は風を掠めたに過ぎない。左手の相棒は地獄に置いてきていた。
「暴力反対〜〜」
神様はへらへらと脂下がっている。ひきつるこめかみに溜息を吐く。大体、自分が行きたい場所があるから案内しろと言うのに彼方へふらふら此方へひらひら、進まない事夥しい。
「もういいでしょう。ほらさっさと行きますよ」
狭い石段の坂道は半ばから急になり、上がるに連れて更に増える遊山の人波の隙を縫う。いきれに溺れないように、無沙汰に任せて掴んだ薄い掌を潰さないように。
転ばないで下さいね。爺扱いすんな。やっぱ今すぐ転べ。何それ死ねってか!恐ろしいなお前は。
「暑いね。」
言い訳も尽きたまま三度振り返れば、沈黙が苦手な彼はそう嘯いて汗を拭った。しっとりと張り付いた前髪の隙間から覗く赤い目に、一瞬すうっと背が冷えた。



蝉の声が変わる。
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