短・中編
□手の平
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だいたい、千秋は運動神経抜群でスポーツは何をやっても人並み以上にこなす、俺にとっては憧れる存在だった。
それが、勉強まで出来だしたら、俺なんて存在意義がなくなってしまう。
べつにそれを口にだした訳でもないのに、直哉が俺の頭を叩く。
「千秋のなんて、ただのマグレだよ。気にする事ないって」
「バーカ、これは実力だし。ま、先生にカッコイイとこ見せたかったからさ。それなりに勉強したし?」
「馬、千秋っ、何言ってんの」
「いーじゃん。もう隆文にも言ったって」
目の前で繰り広げられる会話についていけなくて、俺は苦笑しながら眼鏡を上げた。
さっき直哉に叩かれたときにズレていたのだと気付いたのが今だから。
この通り、俺はかなり鈍い。もしくは、鈍臭い。
運動神経なんてものは、母親の胎内に忘れてきたとしか思えない。
取り柄と言えば、しつこい‥もとい、粘り強い事くらいで、それは学校の成績に反映している。
でも、そんな事は、ただそれだけの事だ。
頭の良さという話では、直哉の機転のよさや応用力には敵わないし、尊敬する。
千秋の運動神経と明るさは憧れる対象だった。
色々な意味で目立つ、千秋と直哉と一緒にいる俺は、他人から見れば異色かもしれない。
そんな付き合いも、もう10年になる。
「隆文、後で話すからさ、そんな思い詰めんなって」
ふいに我に返ると、千秋が薄茶色の前髪をかきあげながら笑っていた。
何のことやらさっぱりわからないが、取りあえず曖昧に頷いておくと、満足げに千秋は自分の席に戻っていく。
後ろの席の直哉は、また不機嫌そうに舌打ちをした。
「まったく。あいつ、何にもわかってないから。隆文、覚悟しといた方がいいよ」
「覚悟?」
問い返すのと同時に、黒板が叩かれ、先生がテストの解説を始める。
あわてて前を向いたけれど、気になる事が多すぎて、とても頭に入って来なかった。