短・中編

□不完全だからスイート
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 肩が触れ合うほど近くにいる三条さんをちらと流し見る。こんな近くにいられるのも、あと二か月程しかない。三条さんは地元に残るんだし、これからも普通に会える。それは分かっているけど、なんだか最近胸がもやもやしてしまう。
 最初は嫌いだったのにな、三条さんの事。
 体育祭の事がなければこんな今はなかっただろう。
 あと、二か月、か。
 ふと、隣にいる三条さんが酷く遠くにいるように感じて、慌ててその肩を掴んでしまった。
「姫ちゃん?」
 驚いたような三条さんが微かに首を傾げて、俺の顔を覗き込んでくる。それがたまらなくなって、思わずその口に、触れてしまう。
「ん?」
 三条さんは本当に驚いたみたいだったけど、俺はもう少しその熱が欲しくて、もっと身を寄せた。すぐに抱きしめられて、体中がしびれる。包まれる安堵がたまらない。もっとそれが欲しくて俺も三条さんの背中に手をまわしてひきよせる。そうすると、キスが深くなって、もっと甘くしびれた。
 三条さんに会わなければ、こんな幸福、知らなかった。
「っ、ん」
 ひとしきり貪られた唇がようやく解放される頃には、頭の奥が白く濁ったようにぼんやりしてしまった。三条さんはそんな俺の頭を撫でると、はにかんだように笑う。
「どうしたんだ、姫ちゃん? もしかして、甘えてる?」
 そうなんだろうか。そうかもしれない。ぼんやりとする俺の頭を撫でながら、三条さんは面白そうだった。
「なんて、姫ちゃん、そんなキャラじゃないか。甘えてんのは俺の方だしね」
 三条さんは俺の肩に額をのせて「甘えて」くる。
 でも、俺は、それどころではなかった。
 俺のキャラじゃない……そう、そうだ。
 恋人が卒業する、それだけの事を、寂しがって、残り少ない時間だと思いこんで側にいたがるなんて、どう考えても俺のキャラじゃない。むしろ、そういうのはカッコ悪いと思ってた。それなのに。
 これじゃまるで、色ぼけじゃんか。
 恋に目が眩んで自分を失うなんて、愚か過ぎて笑えてくる。そんなものに、この俺がなるなんて。
 こんなの、俺じゃない。
「姫ちゃん?」
 黙りこんだ俺を気遣うように、三条さんは顔を上げて目を細めた。ふわふわのくせ毛に触れたいと思うなんてやっぱり俺はどうかしている。
 三条さんの手を振り払ったのは、無意識だった。
「どうした?」
「すみません、急に、用事思い出して」
 まるで冷水を浴びせられたようで、今にも震えだしそうな体をだましつつ、俺は音楽室を飛び出した。後ろから三条さんが俺を呼ぶ声が聞こえたような気がしたけど、振り返る事もできず、ただ、手を振り払った時の呆然としたような三条さんの表情だけが脳裏に焼きついた。
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