短・中編
□幸せの瞬間
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幸せ過ぎた朝は、別れるのが辛くてたまらない。
まるで何の余韻も見せずに、淡々と出勤の準備をする姿を見せ付けられると、尚更辛い。
――夕べはあんなに可愛く俺の腕の中にいたのに。
いつも凛としてて、格好いい内海さんが、その時だけは、可愛くなる。
『さ、わた、りっ』
快感を耐える声が性急に俺を呼ぶ瞬間なんて、色っぽすぎて、いつも暴走してしまう。
澄んだ大きな瞳が、うっすら涙で潤んでいて、唇を付けると、小さく跳ね上が‥‥。
「沢渡っ」
突然呼ばれて、我にかえった。
すっかりスーツに着替え終わった内海さんは、眉を潜めて俺に寄って立つ。
「何ですか?」
「何ですか、じゃねーよ!ニヤけたツラしやがって。さっさと用意しろって何度言わす気だ?」
ちらと腕時計を見る表情が、本当に苛立っていて、俺も仕方なく帰る準備に取り掛かった。
そうは言っても、シャツ羽織って財布と携帯をジーンズのポケットに捩込むくらいだけど。
普通、恋人が泊まった朝って、もっと甘い雰囲気が漂うもんじゃないだろうか?
「オラ、早く出ろ」
それが、俺なんて蹴りだされる始末。
『私の事愛してる?』
なんて問いただしてくる女は、死ぬほどウザいと思ってきたけど、危うく自分がそれを言う立場になってしまいそうだ。
そんな事したら、氷の視線で睨まれるのは解りきっているから、言わないけど。
好きだなんて、俺が百回言って一回かえってくるくらいだし、こういうのは惚れた方の負けっていうのが鉄則なんだろう。
いつものように颯爽と歩く背中を追って並ぶと、すぐに分かれ道にたどり着く。
もう少し一緒にいたいけれど。
俺のガキみたいな欲望で内海さんに迷惑かけるなんてできない。