短・中編

□SS集
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 「七夕、星、遠距離恋愛」でSS


 結城はイベント事が好きじゃない。
 その代表格がクリスマスで、何か特別な事をしようとすると眼鏡越しのキツイ目で睨まれる。
 そんな結城だから、今日が七夕だって事も忘れているのかもしれなかった。
 長い期間友達だった結城をようやく手に入れて、もうすぐ一年。同時に転勤が決まった俺だから、遠距離恋愛が始まってからも、もうすぐ一年って事になる。
 会えない時間は俺を苦しめるけれど、転勤は自分で決めた事なのだから仕方が無い。いつも真っ直ぐで嘘のない結城の側にいるには、誇れる自分で居たかった。
 おかげで仕事はそれなりに上手くいっている。
 車で高速を飛ばせば三時間で会いに来られる、という微妙な距離にも助けられているのも確かだ。
 本当は週末ごとに会いに来たいけれど、仕事の都合なんかもあって、今日は久々の逢瀬だった。それがちょうど七夕だなんて、普通の恋人同士なら盛り上がる所だと思う。
 けれど、結城にそれを期待して無駄だろう。
 何せ、イベント嫌いなのだから。
 久しぶりに訪れた結城の部屋は、珍しく綺麗に片付けられていて、ちょっと首を傾げた。いつもは、雑然としているのに、今日は洗濯物もなければ、飲みかけのビールが放置されたりもしていない。
 なんか、嫌な予感がするんだけど。
 男が部屋を綺麗にするのは、女の子を呼ぶ時くらいのものだ。まして、普段は掃除嫌いの結城がわざわざ掃除をするなんて、絶対に何かあったとしか思えない。
 知らず、指先が震える。
 元々、男が好きなのは俺だけで、結城は女の子が好きなのだ。嘘をつかない率直過ぎる言い方をするから敵も多いが、そういう性格に惹かれる女の子も沢山いた。友達としてずっと側に居たんだから、付き合っていた子の事も知っている。
 もしかして女の子、呼んだのかな。
 思ってから、慌てて頭を振った。
 嘘がつけない結城が、浮気なんて出来る訳がない。好きな子ができたら、きっぱりばっすり容赦なく、その事実を告げてくるはずだ。
 あ、想像したら凹む。きっといつもと何も変わらない口調とかで言うんだ。
『ワリイ、好きな子できた』
 あああー、駄目だ。そんな事言われたら、俺は結城をさらって監禁でもして、誰にも渡さないようにしてしまうかもしれない。
 片思いの時は我慢できたけど、一度手に入れた至福はそう簡単に手放せやしない。
「おい、ちったあ手伝えよ!」
 妄想にふける頭を不意に叩かれて、俺は我にかえった。
 せっかく久々に会えたのだから、妄想なんてしている場合でもないな。部屋が綺麗な事は後からベッドで問い詰める事にして、今は結城が準備してくれた少し遅めの夕食を頂く事にする。
 小さなテーブルに並べられたのは、素麺だった。基本的に、切る、炒める、しかしない結城にしてみれば珍しいメニューだ。
「涼しくていいね、素麺」
「会社で貰ったんだよ」
 大量にゆがかれた素麺は丼に投げ込まれ、その上には緑の小さな具が乗っている。何かと思えば、オクラだった。野菜嫌いの結城にしては珍しい。
「オクラも貰ったの?」
 めんつゆを器に注ぎながら何気なく口にすると、それには答えが返って来ない。ふと結城の顔を見ると、どこか気まずげに目をそらされ、危く俺はまたネガティブ妄想の世界に入り込んでしまう所だった。
 とにかく、何か今日の結城は変だ。
 問い詰めるのは後から、と思ったが、耐え切れなくなる。
「結城、何か今日、おかしくない?」
「〜〜〜やっぱ、似あわねえ事するもんじゃねえな!」
 結城は眼鏡を外すと、細い黒髪の中に手を入れて乱暴にかき乱している。一見、苛立っているように見えるこの仕草が、結城の照れ隠しなのだと知っているのは、長年側にいる俺だけかもしれない。
 でも、何を照れているのだろう。
 小さなテーブル越しに顎を掴んで上を向かせると、また視線がそれた。その視線の先には、素麺がある。つられて素麺を見つめる俺の耳に、結城の微かな声が聞こえた。
「会社のおばちゃんが言ってたんだよ。素麺にオクラ切って乗せたら天の川みたいだって」
「天の川?」
「今日は七夕だろうが! 言わせんな、ボケが!」
 半ば自棄気味に叫んだ結城の声に、俺は耳を疑う事になる。
 だって無理もないだろう?
 あのイベント嫌いの結城が。
 七夕にあわせて、料理を作ったって?
 結城の顎を掴んでいた指先が、また震え出す。気付いたのか、すぐに跳ね除けられそうになったけれど、離してなんてやらない。
「結城、イベント苦手だろ?」
「俺はこんなこっ恥ずかしい事嫌いだ! でも、お前は喜ぶだろうと思ったんだよっ」
 ――どうして時々、こんなに凶悪なくらい可愛いんだろう。くらくらと揺れる頭でもう一つの疑問も問いかけてみる。
「部屋が綺麗だけど、誰か呼んだの?」
 そうすると、結城は噛み付きそうな勢いで俺を睨んで叫ぶのだ。
「てめーに決まってるだろうが、イチイチ確認すんな、察しろ、馬鹿!」
 そんな事を言いながら、また髪をかき乱す。
 もしかしたら、今日を楽しみにしていたのは、俺だけじゃなかったのかもしれない。
 たまらなくて引き寄せると、馬鹿だのボケだの暴言を吐きながらも、大人しく俺の胸に転がってくる。
 素麺の上に輝く緑の星を見つめながら、照れ屋な恋人を力一杯抱きしめた。
                  終
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