短・中編

□不完全だからスイート
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 音楽室のドアを開けると、甘い笑みで迎えられる。軽く手をあげてくる姿を、どこかくすぐったく思いながら、俺はその隣に座り込んだ。
 机と椅子はたくさんあるのに、あえて窓際の壁を背に床に座るのは、これがサボりだからだ。自習とはいえ、現在授業中。
「元会長がいいんですか、サボり」
「何言ってんの、姫ちゃんだってサボりなのに」
 そうはいっても、嬉しそうに笑う三条さんには授業は無い。三年生は受験に向けて、三学期に入ってからは自由登校だからだ。だから、今悪いのは俺だけなんだけど。
「誘ったのはアンタなんだから、共犯でしょ」
 共犯、という響きが気に入ったのか、三条さんは口の端で笑う。なんだか見慣れない表情に、なんともいえない気分になった。最近、そんな事が多い。三条さんの何が変わったかはわからないけど、見た事のない顔をされる事が増えてきた。それは、三学期に入ってから余計に感じるようになった事だ。
「姫ちゃん、はい」
 三条さんの大きな手が、当たり前のようにイヤホンを渡してくる。イヤホンを片方ずつ、わざわざ一つの音楽プレイヤーを使うなんて、愚の骨頂だ。分かっているのに、俺はおとなしくそれに従って、もう本当馬鹿みたいだ。それもこれも。
 あんたが嬉しそうな顔するから……。
 垂れ目がちな、くっきり二重の目を細めて見られると、たとえば小さなプライドとかこだわりとか、そういうのも「まあいいか」と思ってしまう。
 受け取ったイヤホンを右耳につけると、聞き慣れたギター音が響いてくる。三条さんが見つけてきた、最近お気に入りのインディーズバンドだ。ツインギターなんだけど、全くタイプが違うのに違和感なくまとまっていてちょっと面白い。俺もすぐに好きになった。
「これのBメロが好きなんだよね」
 指で床を叩いてリズムを取る三条さんは、やっぱり嬉しそうだった。
「ねえ、三条さん。勉強しなくていいの?」
「ん、大丈夫、ちゃんとしてるよ」
 自由登校になってからも三条さんはほぼ毎日学校に来ている。地元の国立を受験するらしい三条さんは、模試の結果も良くて、厭味なほどに余裕らしい。友達からは「厭味だからどっかいけ」まで言われてるんだと困ったように笑っていた。
 だから、この時間が三条さんの邪魔になっているわけではないのだと、何度も言い聞かせてみる。
 俺だって、何も考えてない訳じゃないし。
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