短・中編
□指先
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それは時間にすると、30分もないのだけれど、先生と二人キリの幸せの価値は、時間の長さではないのだ。
「おい、千秋。そろそろ帰るぞ」
いつも通りの終わり文句におとなしく返事をしたものの、今日はいつもと違う‥‥予定。
「おい、早くしろよ」
「待ってくださいよ、なんか携帯どっかいっちゃって」
「とろい事してんなよ」
まるで馬鹿にしたように笑われるのは、結構傷つくが、我慢我慢。
なにせ、作戦はまだ実行段階にないのだ。
無くしてもいない携帯を探すふりをしながら、外の様子にそっと聞き耳をたてる。
まだ、みたい。
ダメかな。
ほとんど賭けのような作戦なのは自覚しているから、内海先生の機嫌の悪さがピークに達する前に諦めるか。
そう思い込もうとした時。
ぱらぱら、と頭上から小さな音がして俺はこっそり拳を握った。
やりい。
やっぱ、俺って天にも愛されてんなあ。
にやける顔をなんとか元に戻して先生を見ると、不機嫌にゆがめられた眉の下の大きな目が、まっすぐに俺を見ていた。
ただ、それだけで跳ね上がる心臓を、我ながら異常だと思う。
自慢だがモテる俺の周りには色んなタイプの女の子が沢山いて、美人を見たって今更緊張したりもしない。
でも、内海先生だけは、別だった。
まるで全てを見透かすような、あの大きな黒目で見つめられると、顔は熱くなるし、動悸は激しくなるし、心臓なんて直に捕まれたみたいに痛くなる。
いや、さすがに原因はわかってるから。
俺は、先生が好きなんだ、よな。
アリエナイとか意味ワカンナイとか、そんな想いでぐるぐるした時もあったけど、もうそんな所は通り過ぎたんだ。
だから今は、もっと近付ける方法を探してる。
今日の作戦もその一つ。
「ちっ、降ってきたじゃねーか!お前がトロトロしてるから」
不意な先生の声に我にかえりながら、大袈裟に驚いてみる。
「マジすか!やべー、傘ねえし」
「朝は晴れてたからな」
本当は、天気予報で確認済みなんだけどね。
「しゃーねーな。今日車だから送ってやるよ」
先生が、実にめんどくさそうに頭をかいた。
今日は車で来てるのも、チェック済みだし。
とにかく、作戦通りに二人キリの時間はもう少し伸びそうだった。