頂き物

□バスルームにて
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甘い花の香りが狭い空間いっぱいに満ちている。
たちのぼる湯気にも含まれたその香りが濡れた肌にしっとりとまとわりつくようだ。
目を閉じているせいか、香りをより強く感じる。
耳を満たしているのは絶えず聞こえる水の音だ。
硬いタイルを打つ勢いのある流水、おそらくは肌を伝い流れ落ちる水の音。
アスランが、つい目を開けてしまおうかと思ったのと同時に声が飛んできた。

「目、開けるなよ」

きゅっと蛇口をひねる音がしてシャワーの音が止まった。

「大丈夫、開けたりしないよ。カガリがいいと言うまでは」

「ふうん、それならずっと許可しないてのもありだな」

「でも、それだとカガリが約束を破ることになるぞ」

ぐっと相手が返答につまったのを感じとってアスランは笑みをもらした。
どんな約束でも反故にすることをよしとしない彼女の正義が微笑ましくなる。
しかし、そんなカガリの真面目さを利用することで、アスランの密かな念願であったこのシチュエーションを叶えたのだから、笑うより反省すべきなのだろうが。

(こうでもしないと、ひょっとしたら一生機会が来なかったかもしれないからな)

発端はいつだったか、初めて二人でホテルに泊まったときだった。
どちらが先にシャワーを使うかという会話で、いっそ一緒に入ったらどうかとアスランが冗談まじりに言うと真っ赤になったカガリに殴りかかりそうな勢いで怒られた。
それから、何度となく夜を共にしてきたというのに、カガリは一緒に入浴するのをかたくなに嫌がるのだ。
あれこれ誘い文句を変えてみても、カガリはすべて首を横に降る。
あんまり嫌がるので、アスランもつい悪戯心がわいてしまったのだ。
カガリの得意なゲームでいいからとトランプでの勝負を持ちかけ、せっかくだからゲームを面白くするためになにか掛けようなどと言って「勝った者がなんでもひとつ命令できる」という約束を取りつけたのだった。

「シャワー終わったのか?そんなところに立ってないでこっちにおいで」

そう呼びかけられてもカガリはしばらくためらっていたが、やがてぺたぺたと濡れた足音が近づいてきた。
アスランの浸かっているバスタブの湯がたぷんと揺れる。
ゆっくりと湯のかさが増すのをアスランは黙って待っていたが、しばらく待っても何も反応がない。

「カガリ?」

対面の位置に座っているのであろう彼女に呼びかけるとようやく返事があった。

「……勝負なんかするんじゃなかった」

カガリはうらみをこめて小さくつぶやいた。
目を閉じていてもじっとこちらをにらんでいるのがわかる。

「目、開けていいぞ、アスラン」

まぶたを上げると、肩どころか耳のしたあたりまでも体を湯に隠したカガリがこちらを見ていた。
思わず笑ってしまう。
すると抗議のつもりか、カガリはぶくぶくと湯を吹くこどもっぽい仕草をする。
まだ口をきかないのは怒っているぞとアピールがしたいのか。

「なあ、カガリはどうしてそんなに一緒に風呂にはいるのが嫌なんだ?」

笑いながらたずねる。

「恥ずかしいからに決まってるだろ、ばか」

ようやく肩の先だけ湯から出してくれた。
でも両ひざと腕で、胸元はしっかりと守っている。
そうまでしなくても、カガリがあらかじめ入れていた入浴剤でバスタブの湯はすっかり乳白色になっているので、体はほとんど見えはしないのだが。

「恥ずかしいって、今さらじゃないのか」

「だって、明るいじゃないか、バスルームって。ぜんぜん今さらなんかじゃない」

カガリはちゃぷちゃぷと揺れる湯に目を落とした。
ぎゅっと、ひざを抱いたのは彼女の主張どおり恥ずかしいからなのだろう。
頬がだんだんと染まってくる。

「そうか。言われて気づいたが、明るいところでカガリの体を見るのははじめてだな」

「だからそういうこと言うな!こっち見るなよ!もう、いいだろ」

「ぜんぜんよくない。まだ五分も経ってない」

せっかくなのだから、もっと堪能したい。
普段、体を重ねるときの照明なんてカガリの希望でいつも小さなスタンドひとつくらいなのだ。
しずくをまとったカガリの肌は天井からの灯りと、水面のきらきらとした照り返しを受けて、いっそう艶やかだった。
アスランはおもむろにバスタブから出ると、有無を言わさずカガリの背後に回った。

「え、ちょ!触らないって約束……」

「もちろん、カガリには触れないよ。ほら」

ゆったりとした楕円のバスタブのおかげで、体を縮こめたカガリを両脚の間に座らせる体勢になっても、二人の肌は触れていなかった。
バスルームにいる間は絶対に触らないこと、カガリが許可するまでは目をつぶっていること、この二点がアスランに科せられている。
それがカガリには譲れない条件らしかった。

「でも、やだ……近すぎるぞ、これは」

「でもバスタブでのお互いの座る位置までは条件になかったろ?」

「ずるいぞ、アスラン!せっかく離れて座ったのに……」

濡れた髪が伝う背中までも上気してくるくらい、カガリが恥ずかしがっているのがわかる。
背中に回ってしまうと表情が見られないのが残念だが、対面のときよりずっと近い。
髪から落ちたしずくが肩に落ちて弾けるのをアスランはじっと眺めていた。

(これ以上やると、しばらくは口をきいてくれなくなるくらい怒りそうだけど)

それでも、このチャンスを逃すよりは良く思えてくるから、もうすでにのぼせているのかもしれない。

(さて、どうしようかな)

カガリが条件の中に、バスタブの湯を減らさないこと、を付け加えなかったのを後悔するだろうな、と考えながらアスランは手を伸ばした。

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