本編

□第十章
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所及び時間が変わってここはバチカル城内の来賓用にあてがわれた一部屋である。ちなみに今はもう間もなく空に白みがかかる頃合いの早朝時。
何時もの如く起きていた俺は支度を整えていた。ただし、これからとある場所へ向かうための準備である。言わずもがな、その場所とは今や死の街へと変貌しつつある“鉱山都市アクゼリュス”にだ。
まあ、荷物の中身は何時もと大して変わり映えはしない。俺の気構えと、無事に策――と言うよりは賭けに近いな――を成功させる為の算段。
ただ、向こうで何が起こるか分からない。そこはその場その場で臨機応変に対応していく。皆、ちょっとはそっとの予想外の出来事にも動じることは無い。
しかし、それ以上に問題が――。

「ぅぅん・・・アイン、おにぃ・・・ちゃん・・・」
「アニス?・・・寝言か」

起こしてしまったか、と思ったが、アニスは今も俺のベッドの中でスヤスヤと眠っていた。
当然であるが、アニスは就寝時には髪をほどいている。その際髪を梳くのは俺の役目である。今日も今日とてその日常業務をしてもらうべくアニスが昨晩俺の部屋に訪れてきた。
ただ、何時もとは違い自分にあてがわれた部屋に戻るかと思いきや、一緒に眠りたい、そう言い出してきたのだ。まあ、そう切り出さなくとも時折アニスの奴は俺と一緒に寝たがる傾向がある。深夜皆が寝静まった後それとなく俺のところに足を運び同じベットで眠るのである。
俺自身、アニスを同衾させるのに何ら抵抗は無い。今回もその申し出に応じた次第である。
そう言えば、俺がナタリアの部屋に向かおうとした時、一緒に行くと言って聞かなかったな。

「私の目の前で他の女のところに行くなんて、お天道様が許しても、このアニスちゃんはぜっーたいに許さないからね!」

と。訳の分からない台詞――全てを覚えきれていない――を言ってくる始末。
それと。

「これは、兄さんを思っての事なの。貴方を正しい道から踏み外させない為に」

しかも、ティアも一緒に増長していたな。アニスほどでは無かったが、行かせまいと阻んでいた。
そのまま話は平行線のまま数分間続いていた。それを見かねてか、ジェイド――若干辟易していたように見えた――が間に入りこう言った。

「行かせてあげればいいじゃありませんか」
「「大佐!?」」
「その代わりに、戻ってきた時に何かおねだりすれば、アインと言えども従わざるを得ませんからね」
「まるで、俺がこれから悪行をしてくるような言い方だな」
「「お、おねだり・・・」」

その時、唾を飲み込んだ音が二人から聞こえた。
一体、何だったのだろうか。
結局、ジェイドの提案を俺が呑むと言う条件――何故このような事に?――付きで二人から解放されたのだった。
ちなみに、その時の条件とは”思う存分ハグを堪能させる“と言うものであった。
そのようなこと、態々見返りを求めるような場合でなくとも一言俺に物申せば良いものを。
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