本編

□第一章
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朝になってからその森に足を踏み入れた途端、場の空気が変わった。
まるで、この場所だけ隔離されたかのように、ただ静かに音素が流れている。同じように時間さえも緩やかになるような錯覚すら覚えてしまうほどだ。
チーグルの森に入った俺はただただそのことを再認識した。
ここに来るのは実は初めてじゃない。記憶の中は、周りに目を向けている余裕がなかったからな。
さて、いつまでも感傷に浸っているわけにはいかない。目指す場所はこの奥だ。と向かう前に一度チーグル達が巣くっているあのばかでっかい木のある場所に行った方がいいか。
道案内くらい一匹借りたいところだな、正直森の細部までの記憶が曖昧だったりする。
アリエッタを連れて来るべきだったか。今更ながらろくな準備をしてこなかったことを悔やむ。
彼女は森での暮らしが長かったらしく、森限定であれば、匂いで目的地に迷うことなくたどり着くことができる。
ここにいないアリエッタに頼っても仕方がない。背に腹は代えられないか、俺は一つ頷くと、チーグル達のいる場所に足を向けた。
たしか、こっちだったよな・・・


――みゅうみゅうみゅうみゅう
――みゅーみゅーみゅみゅみゅ
右を向けばチーグル、左を見てもやはりチーグルがごまんといる。
朧げな記憶を頼りになんとか到着できた。この木をくり抜いた空洞の中に入り込んだ俺を待ち受けていたのは、記憶の中にあるあの時と同じような光景が繰り広げられていた。
足元に寄ってきては鳴き、寄っては鳴いてわいて来る、チーグル達が俺を中心に集まる。
その鳴き声のニュアンスが警戒的なものでないから一応歓迎されているのだろうか?

「・・・みゅみゅーみゅうみゅう」

すると、騒がしかった鳴き声がピタリと止まった。見れば奥の方から皺がれた声と共に一匹の老チーグルがリング──ソーサラーリングだな──を持って現れた。
その老チーグルを中心に左右に割れ道が出来た。

「こんなところに人間が訪れるとは珍しい」

チーグルの言葉ではなく、人語で話した。一般人なら驚愕ものだが、俺は如何せん教団関係者である。したがって、ソーサラーリングの力を介して話していることぐらい知っているから普通通りに会話をすることに問題はない。
早々に切り出す。

「あんたが族長さんかい?」
「そうだ」
「折り入って頼みがある、チーグルを一匹貸してほしい」
「・・・何の為に?」
「俺はこれからある理由でここの奥に巣くってしまったライガクイーンに会わなければいけないのだが、道が分からない。そこで常日頃この森を徘徊しているチーグルに道案内をしてほしいんだ」
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