本編

□第五章
2ページ/15ページ

世の中結構変わるものだな。
・・・おっと、黄昏れていても仕方が無いな。

「な、なあ、アイン・・・その、体・・・大丈夫なのか?」

いつの間にか隣に来て、おずおずとそう切り出すルーク。これで何回目の問診になるのだろうか。毎回すまない気持ちになっている。

「ああ、問題無い。心配かけたなルーク。悪い」
「別に、どこも悪くないならいいんだけどよ・・・」

そこで、ぷいと顔を逸らせ何事か呟いていた。隣にいる時でさえ聞き逃してしまう。
変わったと言えば、ここにいるルークも若干だけだが、見受けられた。
あの俺が意識を無くした一件以来俺への態度が緩和してきたのだ。特に目立った事はしていないが、どこか俺を頼る場面が増えた気がする。具体的には、戦闘時に、ルークは今まで好き勝手に突き進んでいくというパターンでやってきたのだが、今は誰かしら──特に俺──牽制した後、魔物が怯んだところを叩く、という比較的効率の良いスタイルヘと変わっていた。ただ、本人はその変化に気付いてはいないようだ。ガイから聞いた話しでは俺が倒れている間、相当落ち込んでいたらしい。それこそ、膝を抱え込む程に。
まあ、何かを感じてそれを無意識に行動していること事態とても喜ばしいことではないか。皆がその変化に戸惑っていようが、俺はお前の成長ぶりが自分のことのように嬉しくて仕方が無い。
と、そのルークが何かを見つけたようで、指先を前方に向けていた。

「なあ、あれ、アニスじゃねぇか?」

指先は入り口とは反対側にある門のような施設──検問所だな。通る際に証明書と旅券が必要だ──に向いていた。見れば、門番が立っており、目の前にいる通行人を調べているご様子。その兵士に哀願するように身を揉んでいる後ろ姿形、間違いなく我が愛しき妹のアニスだ。はは、相変わらずだな。

「だからぁ、昨日から言ってるじゃないですかぁ。証明書も旅券も無くしちゃったんですぅ。通して下さい、お願いしますぅ」

体の動きに合わせて、ツインテールの髪と背中に背負っているトクナガが揺れる。しかし、いくら甘い声でうたっていようが、可愛らしい仕種で動作しようが、その兵士は全く態度を変えることなく、ただ首を横に振るばかりであった。

「ですから先日から申し上げています。証明書と旅券が無い方は身分が認証できないため、お通しすることが出来ないんです」
「そこを何とか・・・」
「残念ながら、お通しできません」
「・・・ふみゅぅ〜」

アニスと門番をしている兵士との会話の内容から察するに、どうやらアニスは昨日ここに着いたようだ。その矢先に兵士と先程のやり取りを今まで何回もしていたのだろう。両者共々、その仕事熱心な態度に感心するばかりだった。
アニスはというと、これ以上進展が見られないと判断したのか、がっくりと──しかし今まで何度も同じような解答を聞いているようで、それほど落ち込んでいるようには見えない──肩を落として踵を返す。まだ、俺達に気付いていない。歩きながらちらりと後ろをもう一度振り返り、ちょっと涙目になろうが、やはり通す気配が無かった。顔の向きを戻した途端、表情が一変。チャームポイントであるタレ目が一瞬後、ツリ目へと変わり、明らかに、ちっ、と舌打ちまで打つ。そして最後に。

「・・・月夜ばかりと思うなよ」

ドスの入った低い声で置き土産とばかりに呟く。
ハハハ、全くアニスはどこで何をしていようがアニスだな。改めて聞けばなるほど、それはそれは凄みがあるではないか。アニスには申し訳ないが、俺は一番後ろで隠れながら吹き出していた。くくくっ・・・いやぁ久しぶりに聞いたな、そういえば俺の前ではあんな風な口を聞かないな。他の奴には遠慮なく使っている姿が結構見られていたが、はて?

「アニス♪聞こえちゃっていますよ?」

今気付いたがアニスのこの豹変振りを初めて目の当たりにしたルークとティア、それにアニスを初めて見たガイの三人はぽかんと口を開けており、その場に固まっていた。おそらく三人とも一様に、なんだこの豹変振りは?と考えているかもしれないな。イオンは知っているのでいつもの通り。しかし、若干苦笑していた。ジェイドについてはどうか分からないが、この三人を尻目に可笑しそうにアニスに平気で声をかけているところを見ると、どうやら気付いていたようだ。
それはともかく。
ジェイドに言われ、不意を突かれたアニスはぎょっとして顔を上げ、一瞬固まる。が、次の瞬間にはアニスは既に、両拳を口に当てるように身を必要以上くねらせ、ととと、とこれ見よがしに内股で走ってきた。

「えへ♪大佐ぁ〜〜〜私、何か言ってましたかぁ?アニスちゃん忘れちゃいました〓」

そして、ジェイドの前に一旦止まり、先程兵士と話していた口調を更に甘くさせながら、キラキラと潤んだ瞳を向けていた。
そこには、先刻、一瞬だけ垣間見えた、今とは別人のアニスの姿は何処にも無い。
まあ、流石にどちらが本当のアニスかと言われれば、俺は素直に、あっちだ、と答える。

「・・・女ってこえーーー」

ルーク達もそれは理解出来たようだ。ガイが恐ろしいものを見たような顔でそう呟いていたからだ。更にはその声に呼応して、ルークと同姓であるはずのティアも揃って頷いていたのだった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ